第2話 企画倒れの逃げ下手どもよ

 ミツグはショックで動けない。モニターを凝視したまま固まっている。

「ちなみに勝者はラグビー部の橋掛はしかけ君。奪い合いになると体格がいい奴が有利になるよね。あ、一応他の人たちが死んでいく映像も残してあるけどそれは別に見なくていいか。悪趣味だし」

 横でゼンゼンマンが他人事のようにゲラゲラ笑っている。

「でもキミって面白いよね。このゲームの敗者は毒殺による死になるはずなのに、君だけ転落死だよ? こんなの誰が予想できるよ?」

「笑い事じゃねえ!」

 ゼンゼンマンの笑い声に我に返ったミツグが、飛び蹴りを食らわせようとしてギリギリのところで躱される。

「おや、心ここにあらずと思ったらちゃんと話聞いてたんだ?」

「うっさい!」

 怒鳴ってはいるものの、ミツグは真っ青な顔で汗をダラダラかいている。

「宝探し? デスゲーム? それでオレが死んだ? そんなバカみたいな話があるかよ!?」

 そして胸に手を当て、鼓動を確認した。ちゃんと動いている。

「だったらここにいるオレは何なんだよ!?」

 至極当然の質問に、ゼンゼンマンはわざとらしく口角をぐいっと上げる。

「生きてるよ」

「なら画面に映ってるオレは何なんだよ!?」

「死んでるね」

 ゼンゼンマンのニヤけた表情は変わらない。身につけているツートンカラーの仮面の白色側にはALIVEとDEADの文字が交互に表示されている。

「意味がさっぱり分かんねえ!」

「まーここにいるキミは生きてるんだからいいんじゃないの?」

「いや、説明しろよ! 気持ち悪いだろ!」

「まあそのつもりではあるけど、そのまま一から説明しても多分キミは理解できないだろうし、気分の悪さもマシマシになるからあんまりおすすめできないかなあ」

 ゼンゼンマンの仮面にCHANGEという文字が現れ、そのままモニターを指差した。

 ミツグの死体を映していた画面から教壇に立っているゼンゼンマンの映像に切り替わる。




「皆さんにはこれから己の命を賭けたゲーム、俗に言うデスゲームをやってもらいまーす。ま、ここら辺はお約束だから……」


「さっきのやつじゃねーか!」

「ノン、ノン続き見てみなよ」

 映像が数秒ほど早送りされる。


「……というわけで、皆さんにやってもらうのは純粋に生存を賭けたサバイバルゲームです! ルールは超簡単、校舎に凶悪な魔物を放つんで一時間逃げ切ってください。ちなみに魔物はこんな感じだよ!」

 画面内のゼンゼンマンが謎のポーズを取ると、彼の背後にある黒板から黒いドロドロが現れる。よく見るとドロドロを被った巨大なドクロだ。聞くだけで気持ち悪くなるような咆吼と共に教室前列の席を一気に飲み込んだ。

 一瞬で教室は阿鼻叫喚の大パニック。

「他にも校舎に同じのを二体くらい放っといたから頑張って逃げてねー」

 言われなくても全員教室から逃げていた。ドロドロのドクロはその後を追う。

「あ、この世界・・・・の校舎の外には出られないって事を言うの忘れちゃった。ま、いっか」

 ゼンゼンマンは誰もいなくなった教室で頭をかいた。




「おい、ちょっと待て」

 モニターを見ていたミツグが低く呻いた。

「何が?」

「どう見てもさっきとゲーム内容違ってるじゃねーか!」

「うん、さっきと違うねー?」

「しかもあのドクロに飲まれた席、オレの席も入ってるじゃねーか! オレまた死んでるのかよ!?」

「あっはっは、飲み込みが少し早くなったね。えらいえらい」

 笑っている辺り、おそらく褒めてはいない。

「そう、キミを含めた何人かはゲームをまともにやる前に死んじゃったんだよ」

「誰のせいだよ!」

「ワタシの責任ですねーすみません」

 悪びれもなく謝るゼンゼンマン。

「でも実際このゲームは企画倒れでさあ。魔物が強すぎるのかみんなが弱すぎるのか四十分くらいでキミのクラス全滅しちゃって。仕方なく魔物を二体に減らして三回くらいやり直してやっとこさ生存者が三人出たって感じ。陸上部の須崎すざき君と野球部の沢井さわい君、あとバスケ部の加古木かこきさんが片足飲まれたけど一応時間まで生きてたからセーフということにしといたよ」

 言うまでもなく限りなくアウトである。

「まあ、ここまでやってから反省したんだけど、よく考えたらこれ……気づかない?」

「気づきたくない」

「いや、もう少し考えてちょうだい!」

 そしてゼンゼンマンは一拍おいてから、

「これらのゲーム、フィジカル強い奴が圧倒的有利なんだよ! 逆に運動苦手な奴が圧倒的不利!」

 一人でオーバーリアクション気味に騒ぐゼンゼンマンをよそに、ミツグのテンションは冷え切っていた。

「やっぱりさっぱり分かんねえ……」

「分からない? ルールがかい?」

「違えよ! そもそもこの状況は何だ!? なんでこんな訳の分からないデスゲームに巻き込むんだ! てかあのモニターで死んでるのは何なんだ! あれでオレが死んでるのならここにいるオレは何なんだよ!」

 冷えたテンションからの感情爆発。そんなミツグの様子を見てゼンゼンマンは一気に醒めたような呆れた声で「めんどいなあ」とつぶやく。

「だーかーらー。それらを説明するためにこれを見せてるんでしょうが」

 それからゼンゼンマンは少し考えるそぶりをしながら話を続ける。

「ま、今の状況だけ簡単に言った方がいいか。種明かしするとあの画面に映っているのは実際に起きた出来事。ただし「結果が出た時点」で時間を巻き戻して次のゲームを始める。そうやってゲームを繰り返してるんだ」

「は……?」

「ミツグ君の脳でも分かるように言うと、この空間内では時間がループしているってやつだよ」

「ループ?」

 ゼンゼンマンの仮面にLOOPの文字が表示される。


 ループ。この場合の定義は、特定の閉じた時間を繰り返し続けるという現象をさす。近年のアニメ、特にSFや現代ファンタジーで使い古されたネタである。

 あるケースでは未来で起こるヒロインの死という悲劇を回避するために、成功するまで過去へ飛んで何度も何度もやり直すもの。

 またあるケースでは知らぬ間に同じ日付を繰り返している事に気づき、正しく明日を迎えるために奮闘するもの。


 人並みにアニメを見て育ったミツグにもそれがどういうものかは知っていたが、自分がそれを体験していると言われてもピンとこない。そもそも実感しようがないが。

「じゃ、納得できたら次の」

「待て待て待てそんなわけあるか!」

「ええー」

「仮にループが本当だとして、なんでデスゲームなんか繰り返してるんだよ! オレらのクラスの連中を殺して、元に戻して、また殺してって悪趣味極まりないぞ!」

「……まあ、それについては同感だよ。でもそれがワタシの仕事だからねえ」

 ゼンゼンマンはくるくると踊り出す。

「でも仕事はなるべく楽しい方がいいじゃないか。高校生のキミにはまだ分からないだろうけど、そこは重要だよ。少しでも楽しめるようデスゲームを企画して、よくありがちな運営側のピエロに扮して、それっぽく振る舞いながらキミたちの死に様を眺める。いやー、超楽しいよね」

「こっちは全然楽しくねえよ!」

「まあ、落ち着いて落ち着いて。次の映像は」

「これが落ち着いていられるか!」

 暴れ出そうとするミツグを、ゼンゼンマンは再び指ビームで脅して大人しくさせる。ミツグが興奮しがちで忘れそうになるが、主導権があるのはゼンゼンマンの方である。

「じゃ、次のゲーム見ようか」

 ニコニコ笑うゼンゼンマンに、ミツグは不貞腐りながら大人しくモニターの方を見る。

「あ、ちなみにネタバレになるけど次のゲームでもキミは死ぬ」

「これ見る意味ある!?」

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