デッドエンドラブコール

最灯七日

第1話 阿鼻叫喚のタカラ探し

「皆さんにはこれから己の命を賭けたゲーム、俗に言うデスゲームをやってもらいまーす。ま、ここら辺はお約束だからサクサク行こっか。じゃ、ルール説明からねー」

 異変に飲み込まれた二年G組の教室に突如現れた、全長二メートルほどのピエロは実に楽しそうにそう告げたのであった。




「ん……」

 薄暗い部屋の中で、少年は目を覚ました。

 起き上がってみると、自分は細長い大きな箱の中で寝かされていた事に気づく。辺りを見回すと、目に飛び込んできたのは暗い室内でぼんやりと青白い光を放つ大型モニター。


 なんだこれ。というか、どこだここは。


 少年は眠っていた箱から出て、モニターの光を頼りにこの場所の様子を探る。モニターの左の壁は黒いカーテンに覆われ、右の壁には引き戸が設置されていた。

 ぐるりと辺りを見回してみると、部屋の広さは学校の教室くらい。目立った物は大型モニターと細長い箱以外は無く、少年の他には誰も居ないようだ。

「というか、ここ教室じゃね?」

 暗くて雰囲気が違って見えるが、うっすら見える天井の素材も床の感触も少年にとっては覚えのある物で、モニターの背後をよく見ると黒板らしき物も見える。

 次に少年は箱の方に目をやる。人一人がすっぽり入るサイズの長方形の箱に、内部はモニターの光が反射する程の光沢を放つ布素材。それが親戚の通夜か何かで見た棺桶だと気づくのに十秒ほどかかった。


 問題は何故自分がこんな部屋で棺桶に入れられていたのか。

 どう考えても、この状況はヤバいのでは。


 次に少年が考えるのは、ここからの脱出。当たり前のように部屋の右側にある引き戸に手をかける。

 が、開かない。鍵を外そうとしてもびくともしない。

 ならば窓からは? 反対側の壁に掛かっているカーテンに手を伸ばす。二階の高さなら飛び降りても大丈夫だろう。三階だと厳しいが。

「なっ!?」

 カーテンの奥にあるのは窓ではなかった。あるのはただの壁。

「なんでここだけ教室と違うんだよ!」

 分かった事はただ一つ。脱出できない事。

 少年は発狂しそうになるのを必死でこらえる。泣き叫んだらもう二度と正気に戻れないような気がしてきた。

 大体こんな状況に置かれている意味が分からないし、こんな事される覚えもない。

 逆に、なんなら覚えているのか。

 自分の名前・相岡あいおかミツグ。覚えている。

 栗瀬くりせ高校二年G組。部活はやってない。これも覚えている。

 今日の朝ご飯。トーストにウインナー挟んで食べた。あとバナナ二本。

 学校行ったらクラスメイトのユラコとキリオと駄弁ってた。確か話題はいつも見ている動画サイトの新着動画と、隣町で起きた連続不審死という物騒なニュース。ここも覚えている。

 一時間目 英語、二時間目 化学、三時間目 体育、四時間目 古文。これも覚えている。いや、習った内容はあまり覚えていないが。

 昼飯食って午後の授業に入るというときに自習の知らせが来て、そこでクラスの連中が大喜びで……


 そこから先の記憶が、無い。


 何が何だか分からないが、とにかく閉じ込められたこの場から逃げなくてはならないのは分かる。

 まず思いついたのは戸に体当たりして壊す、というわかりやすいアイデアだった。

「せーの!」

 少年・ミツグは助走を付けて勢いよく戸に体当たりをかます。

 だが、ぶつかる瞬間に戸がフッと消え、代わりにそこから現れた人影らしき物にぶつかってそのままはね飛ばされた。

「わ、びっくりしたー。って、起きてたんだ?」

 現れた人影はすっとぼけた声で言いながら部屋に入っていく。

「あ、部屋暗いよね? 今明るくするから待ってちょーだいね」

 一秒も待つまでもなく室内が明るくなる。急に視界がまぶしくなるのでミツグは思わず目を閉じた。

 もうこのまま夢なら覚めてほしいと願いながら目を開けると、そこに立っていたのは身の丈が二メートルほどある長身のピエロだった。

「やほ」

 親しげに片手を上げるピエロ。顔の上半分を覆う、黒と白のツートンの仮面の白い側にHello! という文字が表示される。

 ミツグは顔を引きつらせながら、ピエロの頭のてっぺんからつま先までじろりと眺めた。

 二又に分かれた帽子、仮面の上にとって付けたような赤鼻、だぶだぶの下ぶくれの衣装、足首まである長いマント。どう見てもピエロ以外の何物でも無い。なんか種類によってはクラウンという場合もあるらしいが、今はそんな事どうでも良かった。

 怪しい場所に一人放り込まれて、そこに現れたこれまた怪しい見た目の人物。


 どう考えても、味方とは思えない。


 ミツグは素早く立ち上がると、ピエロに向かって飛び蹴りを放った。

「ぐおっ!?」

 完全に不意を突かれたピエロはあっさりと体勢を崩す。その隙にミツグは入り口にダッシュしようとする。

 だが、脱出寸前のところで入り口は壁へと変化し、そのまま顔をぶつけてひっくり返る。

「ふー、ギリギリセーフ……って、いきなり何すんのさ、キミは!」

 先に復活したのはピエロの方だった。仮面にPUNSUKA! という文字が表示される。

「大体これから色々説明するつもりだったのに、いきなり攻撃する奴がどこに居るんだよ! 最近の高校生ってキレやすい年頃なの!?」

 割と怒っているようだが、見た目が見た目なので妙にコミカルに見えてしまう。

「ならお前はなんなんだよ!」

 顔を押さえながらミツグが呻く。

「よく聞いてくれた!」

 突如、ピエロが妙なダンスを始めた。ミツグが呆気にとられてると、どこからともなく暑苦しいBGMが流れ出す。


「ワタシの名は、死神戦士・ゼンゼンマン!」


 BGMの終わりと共にそう叫ぶピエロ。仮面にはSensenmannという文字が表示されている。

「……なにこれ」

 先ほどとはうって変わり、一気に緊張感が抜けるミツグをよそに、ゼンゼンマンと名乗るピエロはだらだらと話を続ける。

「いやーどうでもいいけどさ、戦隊ものって昔は何とかマンって名前が多かったのにいつの間にか何とかジャーって名前ばかりになったよね。一部例外はあるけど。てかジャーって何なんだよって感じだよね。レンジャーなら分かるけど文脈に関係なくジャーって付けるパターンは意味わかんないし」

 本当にどうでもいい話だった。そもそもミツグは戦隊ものをとうの昔に卒業している。

「で、結局なんなんだよお前は!」

「えっ、いま名乗ったじゃん、死神戦士・ゼンゼンマンって。長かったらゼンゼンマンだけでいいけど」

「そういう意味じゃねえよ!」

「あ、キミの名前は知ってるからいいよ。栗瀬高校二年G組出席番号一番の相岡ミツグ君」

「なっ……」

 名前を言い当てられてぞっとするミツグ。何故こんな奴に個人情報を握られているのか。

「まずキミの状況を教えておこうか。ちょーっと長いけど聞いておくれよ」

 ゼンゼンマンは白い手袋に覆われた右手の人差し指をピンと立てると、ミツグのすぐそばの床を指した。

「先に言っておくと拒否権はないので、さっきみたいな事をすると「こう」なりまーす」

 声と同時にゼンゼンマンの指先がピカッと光る。いや、光ったと思ったらそこから光線がのびて床が焼け焦げる。いきなりの攻撃に驚いたミツグは思わずひっくり返って腰を打った。

「あはは。意外とビビりだねえ、キミは。まあ取りあえずリラックスしてあの画面を見てよ。何もしなければ危害は加えないから」

 ゼンゼンマンが室内にある大型モニターを指さす。今は真っ白い画面が映し出されていた。

「じゃ、始まるよー」

 再び室内が暗くなる。

 そしてモニターは数秒ほどわざとらしくノイズを走らせると、画面が別の物に切り替わる。

 そこに映し出された物は……




 その日の五時間目は急遽自習になった。

 各自、自習用のプリントが配られたが、誰もそれに手を付ける様子はなく好き勝手に時間を潰していた。

 ところがそうしているのもつかの間、急に窓の外が暗くなる。というより、外が黒い闇にすっぽり覆われて何も見えない。

 驚く生徒達。慌てて廊下に出ようとしても何故か戸が開かない。

 完全に教室内に閉じ込められた事にさらにパニックになる生徒達。スマホで助けを呼ぼうとする者も居たが、繋がらない。

 そのうちの一人が発狂しかけた瞬間、どこからともかく間の抜けた声が教室に響いた。

「栗瀬高校二年G組の皆さん、初めましてー」

 そして間髪入れず教卓からにゅっと派手な色の袖に包まれた腕が生える。

「あー、えー……ちょっと出方を間違えたからやり直しで」

 そして引っ込む腕。

 訳が分からないままクラス中が遠巻きに教卓を見つめていると、今度は勢いよく長身のピエロが現れる。

「ぱんぱかぱーん」

 現れたと同時に奇妙なポーズをとるピエロ。

 数秒して男子生徒の一人、相岡ミツグが「なんなんだよお前!?」と声を上げた。

「ワタシ? ワタシの名は」

 突如流れてくる暑苦しいBGMに合わせてピエロはくるくると踊り出す。

「死神戦士・ゼンゼンマン!」

 BGMの終わりと共に(以下略)

「というわけでー、皆さんにはこれから己の命を賭けたゲーム、俗に言うデスゲームをやってもらいまーす。ま、ここら辺は(以下略)」

 なんの脈絡もなくとんでもないことを言い出すピエロ・ゼンゼンマン。

 案の定、何言ってんだこいつ的な気分に包まれる生徒達。

 だが次の瞬間、ゼンゼンマンの指がすっとのびたかと思うと、その指先から閃光が走った。

 その光は教室の後ろの壁に当たって黒焦げを生み出した。

「まあこれもお約束だけど拒否権はありませーん。逆らったら焦げ焦げにしまーす。本当は一人くらい見せしめにしても良かったけど、データを減らすのはちょっと都合悪いからね」

 ゼンゼンマンが楽しそうにニタニタ笑う。

「じゃ、ルール説明。まず全員、自分の左手首に注目!」

「え?」

 いつの間にか、本当に誰一人気づく事もなく生徒達の左手首には腕時計のようなバングルがはめられていた。

 おいこれは何なんだという抗議の声が上がるより前に、ゼンゼンマンは説明を続ける。

「ルールはたった一つ。制限時間内にこの校舎内のどこかに隠された「鍵」を見つけ、そのバングルを外せばクリア。ただし鍵は一本しかないし、一度使うと二度目は使えない」

「つまり?」

 クラスメイトの一人が問いかける。

「クリア出来るのは一人だけ。つまり早い者勝ち!」

「時間制限かける意味は!?」

「もちろんあるよ。バングルの周りの皮膚見て。じわじわと緑色に変色してるでしょ? これバングルから君らの体内に毒素を流し込んでるんで。全身が緑色になって死ぬまでの時間が大体一時間。はい、死にたくなければ鍵を探す!」

 一気に教室中がざわついた。

 緑色に変わり始める皮膚に、皆が皆ゼンゼンマンの言っている事を一瞬で理解するしかなかった。逃げるように教室を飛び出し、散り散りになって鍵の捜索に走る。




 その後映像が何度も切り替わり、必死になって校舎内を探す生徒の様子が次々と映し出される。

 やがて鍵は二階の階段そばにある消化器の下から見つかるが、周囲の人間を巻き込む奪い合いに発展し、もみくちゃになったところで一人の男子生徒が足を滑らして階段から落下。そのまま階段下で動かなくなる。

 そこで映像がその男子生徒の顔をアップで映しだす。


 映っていたのは、ミツグだった。


「うん、だからキミは死んだんだよ」

 大型モニターを眺めながらゼンゼンマンが呆れ半分、それでいて面白半分につぶやいた。

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