ep.03

(家に帰ってきたアナタは彼女に先にシャワーを浴びせて、ジャージを貸した。しばらく待っていると、シャワーを浴び終えた彼女がアナタの部屋にやってくる)


「あ、上がったよ~~」


「う、うん。貸してくれたジャージは……ぶかぶかだけどヒモをきつく締めれば大丈夫だし」


「あの、ところで、お風呂からキミの部屋に来るまで誰にも会わなかったんだけど、家族の人って……」


「い、いない?! ってことは、2人っきりってことっ?」


「ほ、ほへ、2人っきり……2人っきり、なんだ」


「い、いやいやいやっ! べ、別に何もっ? なんでもないけどっ?」


「む~~、キミが何でもない風なのがムカつくぅ。そりゃ、がっつかれても困るけど、気にされないっていうのも、もごもごもご」


「え? あっ、ありがと。じゃあ、遠慮なくクッション使わせてもらうね」


「よいしょっと」


「うん、うん、分かった。この部屋に居れば……え、えぇ? 部屋で?」


「ま、確かにキミの家族が返ってきたらどうすれば気まずいけど……」


「あ、うん。分かった。い、行ってらっしゃ~い」


「…………」


「…………」


「…………」


「落ち着かない」


「落ち着かないよぉ」


「私はどうして彼の家にいるの? 私はどうして彼の部屋にいるの? 私はどうして彼のジャージを着てるの?」


「今日はただ勉強して帰るつもりだったのに、なんでこんなことになってるのぉ」


「それになにより、臭いが強すぎるんだよぉ」


「部屋も、ジャージも、彼の臭いだらけで頭がおかしくなりそう」


「すんすん、すんすん」


「すぅぅぅぅ、はぁぁぁぁ」


「息をするだけで彼の臭いが私の体に染みわたる感じがして、凄く、凄く……」


「~~~~~~~~っ!」


「どうしよう……。部屋を出て待つっていうのも変だし、彼の家族が帰ってきたら面倒なことになるだろうし……」


「そもそもどうして誰もいない家に女の子を上げちゃうかなぁ。緊急事態とはいえぇ」


「こっちのも気持ちも少しは考えて欲しいよ」


「ジャージだけでも、彼に抱きしめられてるような感じがして、すっごくドキドキするのに……」


「へへ、袖ぶかぶか。これが彼の腕の長さかぁ」


「袖の臭いとか……ふふ、彼の来てる服と同じ洗剤の匂いがする。当たり前だけど」


「ふふ、ふふふふ」


「今、私。彼の服を着て、彼の部屋にいるんだね」


「ふふふふ、ふふふへ」


「彼の部屋って、こういう感じなんだぁ。ふふ、ふふふ」


「なんだかおかしい。ここにこうしていることも、ここでこんなことしていることも」


「ふふっ、あーぁ、おかしい」


「暇だから、ちょっと部屋を物色しちゃお……ちょっとくらいなら良い、よね?」


「ふんふん、へぇ……ほぉん」


「ふむふむ……ん? 〜〜〜〜っ」


「ふぅん、へぇ、ほぉん……。こ、こういうのが好きなんだね、こういうのが」


「……うん、やっぱり人の部屋を無断で漁るのは良くないからやめとこ、うん。そうしよう。オトコノコのあれこれを勝手に見るのは、うん、よくないよね」


「さて、と。何も見なかったことにして……っと」


「……そっか部屋だから当然あるよね」


「ベッドは」


「……………………」


「ダメ、ダメだよ。流石に不味いって。男の子のベッドに潜り込むのはぁ!」

 

「でも、ベッドはもっと臭いが濃いんだろうな……」


「…………」


「ちょ、ちょっとだけなら大丈夫だよね。10秒、そう10秒くらいなら……」


「って、何を考えてるの! ダメダメ! ダメだってば!」


「いつ彼が帰ってくるかも分からないんだし! 前の放課後みたいになったら目も当てられないでしょ!」


「む〜〜〜〜…………」


「こ、腰掛けるくらいなら、良い……よね?」


「それくらいだったら、問題ない……よね?」


「……そ、それじゃあ、し、失礼しまぁす」


「——っと」


「ふ、ふぅん、こ、こんな感じかぁ、なるほどなぁ、こ、こんな感じねぇ」


「…………」


「や、やっぱり10秒くらい良いよね、ちょっと、ほんのちょっとだし!」


「臭いを嗅ぐとかそういうんじゃなくて、寝っ転がるだけ、そうっ、寝っ転がるだけなんだから!」


「す——ぅ」


「せーのっ」


「…………」


「〜〜〜〜~~~~っ」


「は……ぁ、ふ……ぅ」


「ふ、ふへ、ふへっふへっ、ふへっへっへっへっ」


「すぅぅぅぅ、はぁぁぁぁ」


「すぅぅぅぅぅぅぅぅ、はぁぁぁぁぁぁぁぁ――」


「――ぁぁぁぁ……。もうどうにかなってしまいそう……」


「何日も何日も染みこんだ、熟成された男の子の臭い……」


「すぅはぁ、すぅはぁ。体臭とも違う、汗の臭いとも違う、例えるならコタツみたいな魔力を持った臭い……」


「すぅぅぅぅ、はぁぁぁぁ、すぅぅぅぅ、はぁぁぁぁ」


「ふへ、ふへへへへ」


「はぁ……はぁ……はぁ……」


「もう10秒とかどうでも良いやぁ。この臭いを堪能できるならぁ」


「すぅはぁ、すぅはぁ」


「嗅いでるだけで大きなものに包み込まれる心地がする……」


「満たされる……だけじゃなくて、落ち着くというか、そんな感じで……」


「…………んぅ、この路線じゃ駄目な気がする」


「はぁ……どうしたら良いんだろう? 私は――」


「どうしたら、私は――」


「…………」


「きっと、だいぶ出鱈目な流れになっちゃったけど、今日が一番のチャンスなんだ」


「私と彼の関係値を変えるチャンスなんだ」


「だったら、私は――」


「――ひゃいあぃ?!」


「お、おかえり~」


「……カイデナイヨ?」


「もぅ、どうして信じてくれないのぉ!」


「んぐっ、ま、まぁ? 確かに私のこれまでの振る舞いが悪いのは確かだけどぉ。それにしたってもう少し信じてくれても良いんじゃない?」


「でも嗅いでたのは確かでしょって……」


「それは……はい、そうです」


「はい、すみません」

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