ep.01

(休日に人気のない図書館で約束通り勉強をすることになったアナタと彼女。教科書と問題集を広げてアナタは彼女に勉強を教えられている)


「あ、違う違う。ここはこの関数を使って……そうそう、それでここの数字を代入すれば良いの」


「接線の公式は頭に入ってるよね? 微分した数字を使う公式。この単元の問題だと、大事な部分だから応用問題も解けるようにしておいて」


「こら、めんどくさいとか言わない。ちゃんと勉強すれば、結果はついて来るんだから」


「ほらほら次の問題に行くよ。え? 休憩したい? えぇ……根を上げるの早すぎない?」


「もぅ、仕方ないなぁ。じゃあ、ちょっとだけね、ちょっとだけ」


「まったく……人気のない静かな図書館で、勉強に集中しやすいのに。そんなんだから赤点取って補習なんかになっちゃうんだよ」


「良い? 勉強っていうのは一朝一夕に出来るようになるものじゃないの。毎日ちゃんと勉強してれば、赤点なんて取らなくて済むんだから」


「一応この勉強会は私の痴態を秘密にしてもらうためのものだけど……私が勉強を見る以上、次のテストで赤点なんて認めないから。びしばし行くから覚悟するように……こらっ、うんざりした顔しない!」


「はい、休憩終わり! 態度が悪かったから休憩時間も短くしますっ。あぁ、もうっ、文句言わないで。数学じゃなくて、英語に変えて上げるからっ」


「ちゃんと真面目に勉強しなさいっ。ほら、問題集開く!!」


「で、英語は何処が苦手なの?」


「は? 時制? ほんとの本気で言ってる?」


「えぇ、初歩の初歩でしょ、そこ。なんで出来ないの……」


「って、あぁ、ごめんごめん。拗ねないでって。キミはやれば出来る子! ファイトッ、おーっ」


「っとと、図書館だった。静かにしなきゃ」


「……何よ、そのニヤニヤ笑い。いらいらするなぁ、もう」


「はい次、次いくよ。この問題解いてみて」


「うん、うん、そうそう。ま、流石にこれくらいは出来るよね。中学校の範囲だし」


「いや、馬鹿にしてないって。ほんとにほんと」


「ほらほら、次の問題いくよ。whenの後ろのカッコの中には何が入るの?」


「え? 違う違う。ここは時制の一致だから……うん、そうそう、そういう感じ」


「ほら、その調子でこの問題やろっか。大丈夫、解けるって」


「うん、うん、良いね。正解! よくできました」


「……調 子 に 乗 ら な い。こんなものは、きちんと身についてないと駄目な分野なんだからね」


「ほらほら、次の問題。長文問題でちょっと難しいけど、頑張ってみて」


「……………………」


「……………………ん? 分からない?」


「よいしょっと。ちょっと前ごめんね。長文がよく読めないから」


「ふ~んふん、なるほどなるほど。長文問題ってだけで問題自体はそんな難しくないね」


「つまりね、この問題は――すん、すん、すん」


「あ、えっと、ちょっと、い、今のは違くてっ」


「貴方の臭いがしたから嗅いだとか、そういうんじゃなくてぇ!」


「う~う~う~」


「つい嗅いじゃったの。悪いっ?」


「もう開き直るしかないでしょぉ。貴方の臭いを前にすると、私は我慢できないのっ」


「…………ねぇ、ちょっと、ちょっとだけ嗅がせてもらっても良いかな?」


「い、今さらキミに隠したってしょうがないし……ね、お願いっ」


「駄目? ちょっとだけ、ちょっとだけだからぁ」


「…………良い? ほんと? ほんとにほんと?」


「じゃ、じゃあ遠慮なく……」


「すんすん、すんすん」


「すぅぅぅぅ、はぁぁぁぁ」


「ふぅぅ、ふわぁ」


「柔軟剤の匂いに紛れるツンとした臭い……ふへへ、男臭ぁ」


「すんすん、すん。すんすんすん」


「でも、この男臭さが……すぅ、たまらないのよね」


「え? 近い? でも、近づかなきゃ嗅げないし……」


「そんなことどうでも良いから、ほら少し体を縮めて。うん、そう。そんな感じ、ちょうど耳裏を嗅げるように……」


「すんすん、すんすん……少し甘い臭いがする。すぅぅ、すぅぅはぁぁ」


「きゃっ、ちょ、ちょっとぉ、身じろぎしないでよぉ。くすぐったくても我慢して」


「すん、すん、すん。臭いも濃くて、すぅ、気が遠くなりそう……」


「ちゃんと耳裏洗ってる? この濃さ。きっと綺麗に洗えてないからだと思うから、気を付けた方が……いや、やっぱ気を付けないで。この、すぅぅぅぅ、熟した臭いがなくなっちゃうから」


「……ふぅ、はぁ、ふへ。つ、次は体を伸ばして……顎を上に上げる形で、そう、顎クイされてるみたいな感じで伸ばしてもらって……」


「――それじゃあ首元に失礼して……」


「すんすん、すんすん。首元は首元で、なんだか粘つくような感じの臭い……」


「鼻の奥で絡みつくような……ずっと喉の奥に残るようなそんな感じで、はぁ、あんまり好きじゃないけど、でも癖になるような臭い……納豆みたいな、そんな……」


「はぁ、はぁ、はぁ。ダメ、これはダメ。嗅ぎ続けてると駄目になる……っ。すぅぅぅぅ、はぁぁぁぁ」


「すぅすぅすぅぅぅぅ――っ、ふはぁ……!」


「ふ、ふへ、こ、これくらいにしておこう。これくらいに、ね。これ以上嗅いでると、後戻りできなくなりそう」


「な、なによぉ、その馬鹿にしたような鼻息はぁ」


「ふんだ、もう別に良いし、気にしないしぃ」


「ほら、次は胸を反らして――え? こ、これで最後にするからっ!」


「そ、胸を張る感じで……ふ、ふへ、胸が一番楽しみだったの」


「すんすん、すんすん、すんすんすん。すぅぅぅぅ、はぁぁぁぁ」


「すぅぅぅぅぅぅぅぅ、はぁぁぁぁぁぁぁぁ」


「ふへ、ふへへ、このむせ返るような臭い……柔軟剤の匂いと少しの酸っぱさと動物っぽい臭いが交じり合ったこの感じぃ」


「ふへ、へっへっへっ。すれ違う度に嗅いでた臭いだぁ」


「キミの臭いと言ったら、やっぱりこの臭いだよねぇ。はぁ、はぁ、はぁ」


「お子様ランチのハンバーグとか、喫茶店の定番メニューとか、キミと言ったらこれって感じの臭い」


「すぅぅぅぅ、はぁぁぁぁ」


「へっ、へっ、へっ。すん、すんすんすんすん」


「すぅぅ、はぁぁ」


「すぅぅぅぅ、はぁぁぁぁ」


「すぅぅぅぅぅぅぅぅ、はぁぁぁぁぁぁぁぁ」


「ふへ、ふへへへっ。はーーぁ、ずっと嗅いでたい。ずっとずぅーっと嗅いでたい」


「すぅぅぅぅ――って、いたぁっ。ちょっとぉ、急に叩かないでよぉ」


「何よぅ。ちょっとくらいはしゃいでも良いじゃない」


「はしゃぎ過ぎ? えぇぇ~、けちぃ」


「もっと嗅がせてくれたって良いじゃないのよぅ。折角の機会なんだしぃ」


「って、なんか顔赤くない? 大丈夫?」


「え、何、その顔? ドン引きって感じの」


「あ、ちょっと待って、何も言わずに机に向かわないで」


「もう、なんだって言うのよぅ」


「まったく……」

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