ある物理学者の再生

@ramia294

第1話

 漆黒の宇宙空間に、突然撒き散らされた光。

 青い星の一部から放たれるその光は、小さな太陽の様だ。

 何度かの輝きの後、その星の隅々まで満たされていた命が、すべて消えていった。


 その、ほんの二十年ほど前、その星の人間という知的生命体のひとりが、新たな命を作り出した。

 新たな命は、アイと名付けられた。




 抱き上げた生まれたての赤ん坊を見て、迷いが出た。

 しかし、成長促進剤は、このタイミングで使わないといけない。

 そうしなければ、この子を待つのは普通の時間の流れだ。

 スベスベの肌。

 天才といえど、生まれたては無力で頼りない。  

 僕だけが、すがりつく存在だ。


 僕は物理学者ではない。

 しかし、世界の核の現状を見ていると、アイを生み出す以外になかった。


 原子力を利用すれば、どうなるか物理学者の先生方には分かっていたはずだ。

 彼らは確かに優秀な頭脳の持ち主だ。


 同じく学者と言われる僕たち生物学者を馬鹿にするほどに、優秀な理系脳。

 兵器として、使用された場合はもちろん、

 原子力で生み出す巨大な電力が抱える大きな危険もその優秀な脳が合理的な帰結として初めから理解していたはず。


 何故、責任を取らない……。


 あの巨大地震の振動を耐えた核施設。

 技術者たちは、頑張っていたのだ。


 巨大な津波が想定外だった?


 嘘だ。

 海中での地震で、津波が起きることは子供でも知っている。

 彼らの優秀な頭脳が予想出来ないわけがない。


 何故、責任を取らない……。

 

 核の廃棄物の問題は、当初から分かっていた事だろう。

 既に解決していれば、あの事故の原発も大きな問題はなかったのではないか。


 未来の技術に期待する?

 およそ、学者が、口にする言葉ではない。


 国家指導だから関係がない?

 ふるさとを失くしたのは、一般の国民だ。


 何故、責任を取らない……。


 地層処分?


 十年前後ならともかく、半減期の長い時間。

 地球の表層が活動を止めるわけもなく、安全な場所などあるわけもない。


 生み出した物理学者に責任を取ってもらいましょう。


 というわけで、誰もが知るあの物理学者の細胞からクローンとして、作り出したのが、この赤ん坊だ。


 天才といわれても、赤ん坊。

 拙いクローン技術で、苦労して生み出した小さな命。


      ……愛しい命。


 結局、僕は成長促進剤を使う事は、出来なかった。

 その命は、ゆったりと他の全ての命と同じ時間の流れに乗った。


 何故?

 どうして?

 これは何?


 子供が通過する季節。

 オリジナルの遺伝子の持ち主の最初の二文字を取って、アイと名付けられたその子は、たしかに……。


 アイは、他の子供以上に、好奇心が旺盛だった。


「お父さんの様に、生物学者になる」


 アイが、言い出したのは、5歳の頃だ。


「駄目だ。お前は物理学者になって、世界を救うのだ」


 僕の言葉に、泣くアイの姿。

 それ以上何も言えなくなり、僕の心は彼への愛と世界の滅亡の予感の間で、揺れた。


 アイは、15歳で大学へ、

 本人の希望通り生物学の道を選び、楽しそうに過ごした。

 このまま、彼が、楽しい人生を全うすることだけが、僕の願いになった。


 しかし、その願いは、北の大陸の侵略戦争で、途絶えてしまった。

 追い詰められた大国の核使用。

 地球上、全ての命を巻き込んだ核戦争。


 生き残った僅かの命にも、じきに死が訪れるだろう。


「お父さん、どうして僕の我儘を許したの?人類滅亡を防ぐため、僕を生み出したのではなかったの?僕が、物理学を選んでいれば少なくとも爆発を逃れた命を救えたかも知れないのに……」


「短い人生だったが、アイは楽しくなかったのか?」


「楽しかった。たくさんの動物に囲まれて、命の秘密を少しづつ覗く事が出来た。オリジナルの僕にも教えてあげたかった」


「アイが楽しい。父さんには、いつの間にか、それが人類の存続よりも大切な事に変わっていた。こんなに早く滅亡の時が来るとは、思ってなかったが」




 北の大地で、煌めく光は、徐々に南へ移動、大爆発を耐えた命も強い放射能により、その命を閉じていった。


 気の遠くなるほどの遥かな未来。

 再びこの星が、たくさんの命に満たされることがあるかも知れない。

 しかし少なくとも今は、この星に命は存在しない。


 あの生物学者の親子もこの星の全ての命と同じ運命を辿った。

 自宅で、倒れたままの仲の良い親子は、閉じた目を開く事を忘れ、その身体は二度と動く事はなかった。


             終わり






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