第3話 このことを封印するわけにはいかない
芸能界のスターの親代わり、しかし気さくなお人よしとしてもてはやされているジュリー氏。
その裏の顔を知っているのは、僕のような身内だけである。
誰にも言えない。被害を訴えても無名タレントの妬みから生じるたわごととしか受け止められないだろう。
アメリカではホモレイプが多いという。
最も恐ろしいのは、レイプを受けた被害者少年が、大人になった頃、今度は加害者側になり、別の少年をレイプするという事実である。
その事実はスパイラルのように、次世代へと伝わっていき、ホモレイプのスパイラルが生じる一方である。
だから、アメリカではゲイの男性は人権がないくらいのひどい差別を受けるという。
日本の女性牧師曰く
「私はゲイは反対です。しかし彼らの人権は守られるべきだと思います」
ということは、ゲイの男性はその本人のみならず、家族まで差別されているという事実があるに違いない。
現在、LGBTの問題が世間を賑わわせている。
一昔だとおかまと揶揄され、お笑いの世界でも「男が好き? 気持ち悪いよ」という言葉がまかり通っていた時代は、もうとうに過ぎ去ってしまった。
それを言おうものなら、たちまちそういった団体からひどい抗議を受け、とんねるずの石橋貴明のように、番組を降ろされてしまい、タレント生命が無くなってしまうだろう。
「あなたホモ? いやだね」の一言が、石橋氏のタレント生命を半ば奪ってしまったのである。
時代が変わった今こそが、告白のチャンスなのかもしれない。
僕はJRの同輩に、ジュリー氏から受けた性被害を告白しようとした。
昼下がりの老舗カフェに僕は彼ー岡村君を呼び出した。
朝からこんな憂鬱な話をするわけにはいかないし、あまりにも洒落た若者向けのカフェだと、いやなことを忘れたい一心でかえって話しにくい。
この老舗カフェは、後期高齢者が経営している僕の唯一の心許せる場所である。
このカフェのモカ珈琲の香りを楽しむとき、僕の心は安らぎを取り戻せる。
思えば、僕はジュリー氏に性被害を受けたときから、人に言えない苦しみを抱えてきた。
ゲイやホモという言葉を聞くたびにビクッとし、心にはいつも閉鎖感と、今度またジュリーになにかされるのではないかという不安におびえていた。
僕は岡村君に同じ匂いを感じたのであるが、そのことは今まで口が裂けても言い出せずにいた。
岡村君も、僕と同じ思いを抱えていたらしいが、口をつぐんだままだったという。
僕と岡村君は、ジュリー氏のベッドのなかでのことーとつぜんもぐりこんできて、僕の性器をいじったり、なめたりする行為、そして僕の精液を飲んだあと、土下座をして「これで僕は、君から精力剤をもらった」とにんまりした笑顔を浮かべ、部屋を退室するときは、一万円を渡し、必ず一礼をして90度の姿勢で深々と頭を下げるのだった。
茶封筒にも入れない一万円というのは、まるでレジで金銭を渡すのと同じである。僕はジュリー氏の商品にされたのだろうか?
こんな思いを岡村君に吐き出した。
すると岡村君の口から思いがけない言葉がでた。
「ジュリー氏ってアメリカ出身じゃない。もしかしてホモレイプの被害者なのかもしれないよ。僕はなぜかジュリー氏を憎む気にはなれない。
僕をスカウトして無料でレッスンを受けさせてくれたのは、ジュリー氏だったんだ」
そういえば、往年のアイドル田原俊彦も、レッスン費用と交通費は、ジュリー氏が面倒をみていたという。
岡村君は、深呼吸して言った。
「もしかしてジュリー氏は、僕たちが婦女暴行をしないため、またJRの間で仲間意識を植え付けるために性行為をしていたのではないかとも言えるよ」
僕は思わず反論した。
「それは詭弁というものだよ。第一、バイセクシャルというように、男も女もOK,両刀使いの人もいるじゃないか」
岡村君は話を続けた。
「僕にとって、ジュリー氏の性行為は初めての体験で、気分が悪かった。
しかし、僕はジュリー氏には世話になってるんだ。僕をスカウトしたのはジュリー氏だったし、そのあともレッスン費用や交通費も出世払いということにしてくれたし、帰りにはこっそりパンやお握りを持たせてくれた。
まあ、いわば恩人だと言えないこともない」
しかし、それと性行為強要とは別である。
弱い立場の人間は、性行為に利用されて妥当であるという図式が通用するとは思えない。いわゆる売春と同じではないか。
岡村君は、ため息をつきながら、僕の目を見据えて言った。
「ある日、ベッドの中でジュリー氏はうめき声をあげた。
僕を捨てた父親ジョー、今どうしてるの? ジョーはいつもベッドの中で僕を求めてきた。ジョーは僕の育ての親だけどね。
世間での評判はよくなかったが、僕には優しかったジョー、もしかして殺されているのかもしれない」
僕は思わず絶句した。
「ジュリー氏は義理の父親であるジョー氏から、性被害を受けてきたんだな。
ジョー氏というのは、反社なのかな?」
「いや、反社ではないが、大道芸人出身だったんだ。
大道芸人というと、道端で芸をしてお賽銭をもらういわば身分の低い人なんだ。
でもそれだけでは生活不能だから、麻薬や売春、買春にも手を出してたんだよ」
そういえば僕は昔、大道芸人というのは宿泊するはずの宿もなかったという話を聞いたことはある。
いや、正確にいえば宿がないというよりも、宿の方で泊めるのを拒否していたという。そりゃあ、麻薬、売春、買春を平気で行うようなら、それもやむを得ない当然のことでしかないが。
タレントのルーツは、大道芸人から生じているという。
だから、こういった性被害も暗黙の了解として許されるのか。
でもこんなことが、嵩じると芸能界はコンプライアンス的にダメになりそうな気がする。
今こそ声をあげるときが来たと決心した矢先、思いがけないアクシデントに見舞われた。
なんと岡村君の親が、ジュリー氏の素顔をマスコミに暴露したのである。
今までは、北公次を始め豊川誕やバックダンサーが本にしたのであるが、どれもみな都市伝説ということでスルーされた。
ジャニーズ事務所側は「事実無根。本来なら名誉棄損で訴えるところであるが、余りの低次元で裁判を起こす気にもなれない」
また、北公次も豊川誕も、麻薬で逮捕されたという過去から判断して、同情の余地はあるなどと巧妙な言い訳をしていた。
それから三十年以上たった今、ようやく日の目を見るときがやってきた。
ジャニーズ事務所という城壁は壊され、隠し通していた真実が暴露するときが訪れたのだった。
現在はLGBTが問題視されている時代である。
週刊誌に載ったことが原因なのだろうか。
それとも八十歳の高齢で噂されていた心臓病がたたったのであろうか。
ジュリー氏はそれを認めた挙句、自殺した。
ジュリー氏の遺書が公開された。
「ジュリー事務所の無垢な少年たちへ」
僕は君たちを愛していた いや愛しすぎたといっても過言ではない
そんな君たちが女に溺れ スキャンダルの餌食になり
消えていくのがガマンできなかったんだ
実は僕は不倫の子で、孤児同然の人生をおくっていた
僕の実の母はアメリカ人で二流どころの歌手だった
無名弱小プロダクションの日本人社長と、お互い心臓の持病があるという共通点故
に不倫に堕ち、生まれた子がこの僕だったんだ
日本人社長は僕を認知することはしなかった
弱小プロダクション故の心身の無理がたたって心臓病で
あっけなく亡くなった
そのあと僕は母親に引き取られたが その母親も僕が
五歳のとき 心臓病で亡くなった
もしかして僕が心臓が弱いのも そのDNAかもしれない
それから僕は母方の親戚に引き取られる羽目になったが、僕は不倫の子だということで決して歓迎はされなかった。
まるで暗く妙な因縁をもった生物因子のような偏見の目でみられ、力仕事ばかりさせられた。
当時は、オートメーションなどなかったので、山を越えて力仕事をさせられたりもした。そのせいだろうか。僕は今でも腕っぷしには自信がある。
僕が重い荷物を背負い、山のふもとで休憩していると、ダンスをしている少年がいた。クネクネと身体をくねらし、ときにはジャンプもする。
そんな少年に僕は楽しさのようなものを感じ、思わず拍手をしたら、少年は満面の笑顔を僕に返した。
そして、楽譜を僕にプレゼントしてくれた。楽譜と楽器だけは、世界共通であると教えてくれた。
僕は楽譜を読めるように勉強した。
十六歳のとき、僕はある芸能事務所からスカウトされ、その社長の養子になった。なんでもその芸能事務所の社長は、僕の産みの父と旧知の仲だったのだ。
僕の産みの父は、その社長を弟子として育てたという、いわば師匠と弟子の関係だったこともあり、その社長は僕の父に恩義を感じ、僕をタレントとして育てたいと決心したそうだ。
もちろん、僕を虐待していた育ての親は、僕が家を出ていくことになんの異議もとなえなかった。
僕はジューリープロダクション社長と同居することになった。
初めてカレーライスをご馳走になり、僕に漢字や九九、分数の計算を教えてくれたのも社長だった。
敬語や芸能界の礼儀作法も徹底的に教え込まれた。
ジューリープロは、最初は無名の弱小プロダクションだったが、徐々に勢力を伸ばしつつあった。と同時に、ねたみそねみから足を引っ張るライバルプロダクションも増えてきつつあった。
タレントは商品である。そのタレントを傷つければ、プロダクションは倒産するも同然。それを知っていてタレントを狙うライバルプロダクションは増加の一方だった。
ある夏の夕方、僕は興行先の専務から高級ホテルのスイートルームに誘われた。
海の見える部屋、和風の調度品、露天風呂を終えて部屋に入ると、専務は青いドレスを着て女装し始めた。
僕にドレスの背中のファスナーを上げるよう、要求してきた。
背中のファスナーが一番上に上がると、専務はいきなりベッドの上に僕を押し倒した。抵抗する余裕などとてもなかった。
「今夜一晩だけ、僕は君をもらうよ」と言って、僕のベッドに入って来た。
ベッドの上でなにがあったかは、それは想像通りだ。君たちの体験したことは、すべて僕の体験でしかない。
ことが終わったあと、専務は女装用の青いドレスの裾をはだけ
「このことは内緒。このことが広まれば君も君の社長も芸能界追放ということになるぞ」と言って、僕に一万円入りの茶封筒を渡し、急に優しい猫なで声になって
「ドレスのファスナー降ろしてくれる。今日は楽しかったよ」
僕はこの興行先の専務から金で買われたのだろうか?
ということは、僕は男娼に成り下がったのであろうか?
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