第2話 子供だった僕はジュリー氏を憎むことができなかった

 まあ、今の世の中はセクハラ、パワハラと言う言葉があり、被害者が泣き寝入りすることもなくなったが。


 ジュリー氏はベッドのなかでことを起す前にはには、なんと土下座をして

「芸能界はひどい競争世界。僕を逆恨みし、蹴落とそうとしている人はいっぱいいる。僕にとってユーだけが心の支え。僕は子供のような純粋無垢なユーからエネルギーをもらわねば、生きていけないんだ」

 そう言い終わると、必ず僕のパンツを脱がし、舐める行為をし、僕の精液をごっくんと飲むー変態行為だとわかっていながらも、僕はジュリー氏の辛さがわからないわけではなかった。

 ことが終わると、ジュリー氏は部屋の前で九十度、土下座をして退室する。

 あの芸能界の権力者でもあるジュリー氏が、僕に頭を下げてくれているー僕はその優越感も手伝い、なぜかジュリー氏を憎むことができなかった。

 

 僕以外にも被害にあっている同期生はいる筈だ。ということは、先輩はどうだろう。芸能界は先輩後輩の区別がはっきりしているので、尋ねるわけにはいかない。

 僕は親から、北公次や豊川誕の本を渡され、二人の性被害を読んでいたが、半信半疑だった。

 男がそんなことして、何が面白いのだろうか? 

 北公次も豊川誕も、売れなくなってしまった元アイドルである。

 売名行為としか軽く考えていなかった。

 その証拠に、ジュリー氏は「事実無根。本来ならば名誉棄損で訴えたいところであるが、あまりの低次元で裁判を起こす気にもなれない」

 当時は、現在のLGBTのように、ホモが一般化されていなかったので、ジュリー氏は低次元という言葉でごまかしたのである。

 卑怯な奴だ。しかし哀れな奴でもある。


 アメリカでは、ホモレイプが多いという。

 日本でもそれに耐えきれなくなった人が、麻薬に走るという。

 そのせいだろうか。

 警察の麻薬の取り調べ検査と言うのは、男女問わず下着を脱がされ、なんと性器に中指を突っ込まれてまで調べられるという。

 辛い屈辱である。反社、ホモレイプは麻薬が欠かせないのだろうか。


 僕はジュリー氏の口利きのおかげで、刑事ドラマのゲスト役に出演することになった。いや、口利きなんてことはない。僕はこれでも芝居の勉強をしていたのである。

 ジュリー事務所の長男である東元弘之主演のドラマであるが、役は母親を困らせる不良少年の役である。

 僕自身は不良でもないし、母親を困らせたことはないのだが、それでもヤンキーと言われる人の話を聞いて、それを演技に生かしたつもりである。


 この頃からジュリー氏に対する夜の営みは減りつつあった。

 ジュリー氏の趣味は、いわゆるスターではなく、スターになりたいとあせっている少年の不安な状態が好みだという。

 僕はそこから脱却しつつある。

 しかし、今度は僕の代わりに別のジュリーズJRが、僕の二代目になるに違いない。そう思うと、僕はホッとした安堵感と共に、JRに対する憐れみを感じた。

 ジュリー氏が不安顔の少年を好きというのは、なにか理由でもあるのだろうか?

 それともジュリー氏が過去にそういった体験を通過してきたのだろうか?

 僕はジュリー氏の生い立ちや過去が知りたくなった。


 僕は不良の役作りをするために、新宿歌舞伎町界隈を歩いていた。

 この地域はゲイバーが多いと聞いていたが、好奇心半分でゲイバーの前を通った。すると、急にスマホを向けてくる二人連れのおねえ(昔でいうおかま)がいた。

 厚塗りのファンデーションに、真っ赤な口紅、鮮やかな色のドレスが、歌舞伎町のネオンに映えている。

 辞めて下さいと避けようとすると、急にそのおねえの一人は僕の顔にぴったりと顔を寄せ、肩を引き寄せた。

 もう一人のおねえはその様子を撮影しようとした。

 まるで僕がそのおねえと友達であるかのような状況を、スマホで撮影しようとしているのである。


 振り切って逃げようとすると、おねえが言った。

「待ってよ、あんたは私らの仲間じゃなかったの?

 隠していても、顔をみればわかるんだよ。

 あんたのオドオドした恐怖におびえたような表情は、ホモレイプにあった人そのものだよ」

 僕は、ギョッとした。

 やはり同類相哀れむではないが、似た者同志同じムードが漂っているのだろうか。

 もう僕は隠すことはできない。と共にこのことを口外しても許されるという小さな勇気のかけらのようなものが芽生えた。


「隠していたものは、露わにされるためにあるのであり、覆いをかけられたものは、取り外されるためにあるのである」(聖書)

 犯罪者が、いくら自分の犯罪を隠し、愛想のいい優等生として振舞っても、目つきや表情、うしろ姿で見抜かれてしまう。

 第一隠すということが、僕のなかで重荷となっていた。


 僕は当時中学三年であったが、勉強も遅れ、クラスメートとはほとんど孤立した存在となっていた。

 スターのサインを求められても、学校側から断るようにと釘を刺されていた。

 国語の教師は、僕に教科書を音読させるが、そのときだけはちょっぴり優越感を感じるようになってきた。


 そんなある日、クラスメートが一冊の本を広めていた。

「光ゲンジに告ぐ」という、大昔のジュリー事務所出身のアイドルユニットが書いた本だった。

 なんでもジュリー氏は、その頃から性被害者をつくっていたという。

「ジュリーを殺したい」などと過激なことが書かれていた。

 マスコミに取り上げられて当時、ジュリー氏は

「事実無根。ジュリー事務所を辞め、売れなくなったタレントのねたみそねみでしかない。本来ならば名誉棄損で訴えるところだが、元麻薬中毒だった売れないタレントの愚痴と被害妄想から生じたたわごとということで、問題にはしない。

 いや、問題にするにはあまりにも低次元である」

 とまるで何事もなかったように、一笑していた。


 しかしその元アイドルが麻薬中毒になったのは、ジュリー氏による性被害が原因のいったんを担っていたのではないか。

 それが麻薬中毒出身の売れないタレントということで、問題にはされず、まるで告白した方が、嘘つきの名誉棄損のように言われている。

 僕もいずれはそうなるのではないだろうか。

 ジュリー氏による被害を告白したい。

 しかしこのことは、巨大な城壁に小石を投げるようで、こちらが悪者扱いされてしまう恐れがある。

 そうなると、僕だけの問題ではなく、家族にまで悪影響が生じる。

 永遠に隠しておくべきだろうか。


 翌日、僕の同輩であるJRの圭太君が暗い表情をし、ダンスのレッスンもテンポが遅れ、コーチから叱られていた。

「あなたが、こんな調子だったら周りに迷惑がかかり、バックダンサーもできなくなる。今回だけは見逃すが、明日からこんなことがあれば、ジュリー氏に頼んで辞めてもらうよ」

 圭太も僕と同様、ジュリー氏から性被害を受けているという噂を聞いたばかりである。

 いわば僕と圭太は同類である。

 同類相哀れむではないが、僕は圭太に声をかけてみようと思った。

 いや、そうしなければ僕も圭太と同じように、心身共に壊れ、ダンスもできなくなり、世間から葬り去られるような暗い予感と恐怖に鳥肌が立つ思いだった。

 

 これはひとつの児童虐待ではないか。

 力のない未成年者が権力者であるジュリー氏に歯向かうことができず、あげくの果てに悪者扱いされ、あたかも加害者扱いされ、周りから葬り去られてしまう。

 まるで悪魔の針を注射され、良心をなくし悪魔の奴隷になってしまった子供のようである。

 そういえば悪魔というのは、もともとは天使が堕落した堕天使という意味でもある。自分も黒い天使になり、世間に悪影響を及ぼすのだろうか。


 東元弘之主演の刑事ドラマでは、僕はいわゆる地方出身の少年が都会に引っ越してきたが、まわりとなじめないハーフ不良から殺人未遂に終わるのを東元に救われるという役であり、それを東元に救ってもらう役柄、まあいわば東元の引き立て役だった。

 地元のハーフ不良から殺人未遂の目に合されかかった僕が、殺される一歩手前に東元が登場してきて、時代劇の如く立ち回りをし、ハーフ不良は逮捕されて少年院に行ったが、出た途端に麻薬中毒者に殺されてしまう。

 これは十年前にあった事件をもとにしたストーリーである。


 僕はこのドラマがきっかけで、急に注目を浴びるようになった。

 ジュリー氏は、スターになりかけの僕には興味を示さなくなったのだろうか。

 もう僕はベッドの上での性被害を受けることはなくなった。

 相変わらずジュリー氏は、マスコミではスターを生んだ功労者としてカリスマのようにもてはやされている。

 悪い噂など一切入ってこない。

 自ら繁華街やオーディション番組にスカウトに行き、見込みのある人には

「ユー、来ちゃいなよ」と気さくに声をかける。

 服装もきわめて地味なスーツであり、ブランド物を身につけることなどない。

 誰がみても野球帽をかぶった、一見地味な中年男にしか見えなかった。

 


 

 

 

 

 


 

 

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