第3話 桜先生、ごめんなさい。

「おはよ~」

「あ、おはよう、星。」

「相変わらずテンション低くない?」

「そんなことないよ」


「え~、絶対違うって!」

「なんかあった?」

「なんもないよ、いつもそうでしょ」

「まあね」


「じゃ、私こっちのクラスだから」

「じゃあね」

「うん」


私の学年は全部で7クラスある。

だから、ほとんど面識のある子はクラスにいない。

居たとしても2〜3人。

もちろん、自分を含めてね。


担任は山口先生。

隣の5組も山口先生。

名字が同じ先生。

なのに、性格は全然違う。

同じ山口なのにねって。


……山口桜先生。

周りからは桜先生と呼ばれている。

優しい先生だから馬鹿にされがちだけど、

全然そんなことない。


馬鹿にするほうが馬鹿なんだ。

どんなに悪口を言われたって気にしていない。

それが先生ってところもあるけれど、

でも、桜先生はなんだかまた違う。


桜先生だからかな、なんて思ったりして。


——でもやっぱり、みんなそう簡単に受け入れてはくれなかった。


周りに人だかりができていた。

それは、私がいつも当たり前のように見ている光景だった。


「ねえ、行こうよ」

「……うん」

「星は他クラスなのに、わざわざ行くんだ」

「そりゃそうでしょ、桜先生なんだから」

「だよね」

「今日はもう一人の山口になにされてるのかな」

「山口先生やだね」

「そうだね」


——桜先生は、朝から校庭を掃除していた。


「先生、手伝いますよ!」

「ううん、大丈夫」

「いいですから、やりますよ!」

「また山口先生ですよね、大丈夫です」

「今度は校長先生に言います!」


「いいよ、校長先生に言ったら校長先生がかわいそうだから」


「嘘でしょ、さすがに言いますよ」

「大丈夫」

「マジで山口先生人の心ないわ」

「ね、手伝います」


「でも、もうたくさんの子たちが手伝うってくれてるから」

「桜先生、無理しないでください」

「……じゃあ、お願い」

「はい」


なんとなく恐怖を覚えていく。

毎日のように、起こっている。

通学のときの、あの人身事故。


月、水、金曜日のときは、

絶対、絶対に、人身事故が起きる……

人が、死んでいる。


毎日当たり前のように聞いているけれど、

死んでいる。


轢かれている。


その後、その前からも、

私たちはずっと手伝っていた。


桜先生は本当に優しくて、

大好きだった。


優しさを感じた。


会ったときから、ずっと。

だけど、段々壊れていったような、

先生と生徒から馬鹿にされて、表情、


顔色悪くなっていったのは、

4月9日。

その一日前。


桜先生は怒っていた。

もちろん、生徒が悪かった。


授業中、隣の生徒をずっと、ずっと、

からかって邪魔をし続けていた生徒がいた。


桜先生は注意する。

でも、ずっと邪魔をする。


桜先生は口調が悪くなって、

ついに、お前なんて言った。


私たち他の生徒は、

よく言ってくれたと、

そう思っていた。


そう思っていたのに、 


4月9日。

先生が教卓の前に出て頭を下げていた。

昨日怒られていたあの生徒がいた。


その日、私は一番最初に教室に入った。かと思っていた。

……一番最初ではなかった。


桜先生、昨日怒られていた生徒、私の順だ。


「昨日の言い方は、場に適切でありませんでした。本当に申し訳ございませんでした。」


「え、」

「桜先生、って……」

みんながやってきた。


私は、ランドセルを背負ったまま、

倒れ込んだ。

「あれ、うちの親が言ったんだよ」

「ナイス〜!」


そんな声が聞こえる。

嘲笑う声が、聞こえる。


「桜先生、なんで、っ」

「先生が悪かったです」


こんな、こんな理不尽なことがあってもいいのだろうか。

先生は、先生はなにも悪くない。

生徒が悪い。


それから、桜先生は学校に来なくなった。

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