第2話

 ピアノ教室に、通いはじめて数年後、多香緒の姿は、駅にあるストリートピアノの前にある。


「今日は なにを弾こうかな」


 どうも、ピアノ教室に通う生徒とは出自が違うせいか、お話しが合わない。

 そして、本気でプロを目指すガチ勢と、ただお友達を作りたいエンジョイ勢に二極化し、そのどちらにも属さない多香緒は、すこし浮いた存在になりつつある。

 今日も、


「駅前に、新しいスイーツ店が出来てて、そこのクロワッサンマリトッツォが 絶品でしたわぁ」


 髪の毛のサイドを、クルクル巻きにしている女がそう言うと、


「イイですね クロワッサンマリトッツォ」


「わっちも 週末に 買って食べるわ」


 と、口々に賛同を集める。

 その様子を、耳象に聞き耳をたてる多香緒。


「へぇー イイなぁ………」


 そして、こっそりその新規オープンの店舗へ、偵察に行く事にしたのである。


「まぁ 見るだけならタダだもんね」


 そして、店内に入ってビックリする多香緒。

 なんと、きらびやかな内装。

 そして、見たことのないケーキの数々。

 さらに、クロワッサンマリトッツォの値段を見て、文字通り目を回す多香緒。


「こっ、この値段………大勝軒のチャーシュー麺と同じって!」


 多香緒は、親に気をつかって、まだチャーシュー麺をたのんだことがない。


「たっかぁー」


 そこで、はたと周囲の視線が自分に向いていることに、気付いてしまった。

 あきらかに、身なりがみすぼらしいのだ。

 うっかり私服に、着替えて来てしまったことを、後悔する多香緒。


「制服を、着てくればよかったなぁ」


 そそくさと、店をあとにする多香緒。

 身バレしないように、ワザと駅に向かうと、


「あれは………」


 そこには、ポツンと打ち捨てられたような ピアノがある。


「なんか、あたしみたい」


 無意識に、近付いて鍵盤にふれてみると思ったより、良い音が出て来る。


「そうだ。カラオケでパパがよろこぶ歌を歌ってみよう」


 時々、父親とカラオケに行くが、ある曲は特に高音がよく出てると、ほめてくれる。


「ミーサのエブリシング」


 家路を、急ぐ雑踏を横目に多香緒は、マイクなしで演奏をはじめる。

 そして、その歌声を聞き 1人1人と、足を止める者が あらわれていく。


「ありがとうございました」


 演奏を終えると、スーツを着た人や主婦など5人ほどが、拍手を 送ってくれたが。

 みんな、そそくさとその場をあとにする。

 しかしその中で、1人スーツを着た人が、


「ねえ キミ」


 やさしそうな人だ。


「はいっ」


 少し、ビクッとなる多香緒。

 このピアノを、勝手にひいたことを言われるのではと固くなる。


「ユーチューブとか、やってるの??」


 多香緒にとって、突拍子もない質問が飛んで来る。


「いえ やってないです」


 学校の同級生にも、チラホラとヤッているコは居る。


「そうなんだ。今どき珍しいね」


 ストリートピアノを、ひくくらいならなにかしら発信しているのではと思っている男。


「なんか、そういうの禁止されてて」


 ずっとスマホを、さわり続けるのを親から禁止されている多香緒。


「SNSとか、さすがにやっているのでは??」


 動画サイトが、ダメなのかと思う男。


「それも 禁止されてるんです」


 苦笑いする多香緒。


「それは もったいないね。それじゃあ頑張ってね」


 多香緒の境遇を察して、にこやかに手をふり去っていく、サラリーマン風の男。


「はい。ありがとうございます」


 深々と、一礼する多香緒。

 しかし、その目に光が 宿る。


「そうだ。あたしでもやれるかも知れない」


 公園や、ピアノ教室で演奏しても、なにかしっくり来なかったが、ストリートピアノを鳴らし、歌うと拍手をもらえる。

 そのことに、少し快感を感じる多香緒。


「よーし、これをユーチューブにアップして アイドルになるぞーッ」


 ここで多香緒は、アイドルを目指すことになる。

 別に、アイドルをなめているわけではない。

 ピアノを、極めるという道から、人に喜んでもらうという方向へと、向かうことにしたのだ。

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