第1章 幼き日々

第1話

「ゥーン ぶどうか………ムニャ」


ガタッ


「ぅん? 武道館………なんだ、まぁたあの夢かぁ」


 ヨダレを、たらしながら寝ている女。

 多香緒はロケバスに乗り、ハマナ湖へ向かう途中で、つかれと揺れから眠ってしまった。


「かのショコタムは、かつてチョウザメを池でつかまえるという企画で一躍………」


 力説する、メガネの男。

 ティッティの マネージャーの木幹きみきだ。


「彼女って、アイドルじゃないでしょ」


 鋭い、ツッコミを入れる橋基はしもと

 ベース担当の女だ。


「まぁ、でも有名になるには多少はね」


 腕組みをして、マネージャーに同調する新垣しんがき

 元ドラマー。今は サンプラーの女だ。


「うん、わかってる。文句ないわ」


 案外、物分かりのよい橋基。

 目が、すわっている。


「ハマナ湖って、サロマ湖とどっちが大きいかなぁ??」


 寝ぼけている多香緒。

 今、どこにいるか把握していない。


「知らないわよ」


 多香緒に、ツッコミを入れつつドラムの 練習を始める新垣。

 多香緒が、眠っていたから静かにしていたのだ。


「それじゃあ、レマン湖とどっちが大きいかな」


 ニヤリと、笑う橋基。

 隠れ下ネタ大好き女子だ。


「それって、なはにあるヤツ??」


 新垣の、顔を見る木幹。


「ええ? 地元だけど 知らないよ」


 出身地のことを、言われたと思う新垣。


「ちょっと多香緒。知ってる??」


 多香緒の、顔を見る橋基。


「………」


 多香緒は、またウトウトしている。


「また 寝てるね」


 ため息をして、ニッコリ笑う新垣。


「マタドール」


 したり顔の、橋基。


 彼女たちの出会いは、数年前にさかのぼる。


数年前


 花園 多香緒は、幼い頃から父親にプレゼントしてもらった、おもちゃのピアノをひくのが好きな女の子で、


「うるさい!! よそに行ってやれ」


 と、よく昼寝をする母親に怒鳴られ、しぶしぶ外へ行き、公園で黙々とひく日々をすごしていた。


「あーあ。外あついのになぁ~」


そんな ある日………


「多香緒 ひとりで 遊んでるのか??」


 多香緒の父親が、たまたま仕事が早く終わり、公園で一人で演奏している、わが子を見つける。


「うん いつも ひとりで ひいてるの」


 苦笑いする多香緒。


「そうか………」


 唇を、かみしめる多香緒の父親。


「今日は、もう遅いから家に帰ろう」


 右手を、さし出す多香緒の父。


「うん」


 夕暮れを、手をつなぎ家路を急ぐ父と娘。


「ああ、あなた。今日は早かったのね」


 アパートから、出て来た多香緒の母親と鉢合わせになる。


「おう、ちょっとイイか?」


 話を、しようと呼び止める多香緒の父親。


「だめよ。今日は1人病欠だって。早く行かないと」


 ハンドバックに、カギを押し込む多香緒の母親。


「そうか………」


 怒りを、押し殺す多香緒の父。


「ご飯は、ちゃんと作ってあるから明日の朝 に話しましょ。じゃあね」


 とりつくしまもなく、去っていく多香緒の母。


「うん………」


ガチャ


 アパートの部屋に、入るやいなや、おもちゃのピアノをひく多香緒。


「たあ坊は ピアノが 好きなんだね」


 夕食を、電子レンジに入れる多香緒の父親。


「うん。すきよパパ」


 うつぶせで、足をパタパタさせながらピアノを ひく多香緒。


「それなら、ピアノ教室に行って習うか?」


 コーヒーを飲み、ピアノをひく姿を見下ろす多香緒の父。


「えーっいいよ。ウチお金ないんだし」


 ガバッと、立ち上がり両手を振る多香緒。


「大丈夫だよ 心配しなくても」


 ニコッとする多香緒の父親。


「イイの?」


 目を、輝かせる多香緒。


「ああ。イヤならすぐやめればイイんだし、行こうよ」


 多香緒の、手をとる父親。


「うん ありがとう パパ!!!」


 満面の、笑みをうかべる多香緒。


「よし 一緒に お風呂入ろう」


「ヤッタァ」


次の日


「ハア? うちのどこにそんなカネがあんだよ」


 多香緒の母親から、少しアルコールのニオイがする。


「なんとか、行かせてやりたいんだよ」


 懇願する多香緒の父親。


「うっせぇわ。稼ぎが すくねえくせに、いっちょ前のクチをきいてんな」


 旦那の髪の毛をつかみ、スゴむ。


「ちょっと、朝からやめようぜヴッッ」


 多香緒の母が、旦那の腹に拳をねじこむ。


「へん。女にたてつくからだよヴォケがァ」


「ウ………」


 片ヒザをつき、うずくまる多香緒の父。


「パパ だいじょうぶ??」


 父親に、抱き付く多香緒。


「まったく うるさいガキだね」


「おい 子供には 手をあげるな」


「やかましいんだ オラァ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る