第13話

高校生になった時から、そんなやりとりがあったなんて。

「天華」

俺は言う。

「地下アイドルは、なんかちょっと違う気がするから。ちゃんとしたところで、モデルは続けるというか、やってみないか?」

妻が天華の頭を撫でながら俺を訝しむ。

「ママ、お前もわかるだろう。

初めて天華がまだよく見えないだろう、ぼやけた視界から。俺たちを捉えるまでの、あの一歳くらいの、可愛い頃。  

洗濯も、吐いたミルクも、ゲップ出すのにさすったり、トントンしたり、ちょっと成長したら寝る時に俺らで山登りして一向に寝なくて。

寝不足よりも毎日のやるべきことがやるべきで、いっばいで、いっぱいで」

俺は近くの椅子に座ろうか迷って、でも、やっぱり天華と妻をまっすぐ見た。

「まっすぐ見てくれる家族が、ここにいる」

二人が階段を、そっと降りてくる。

ここで、、俺が何かまとめられれば、誰かの思いがすうっと軽くなる。

「天華、恨んでないよ。憎んでもない。あの日タクシーに、乗せてくれてありがとう。俺の罵声と、多分座席の蹴りもあっただろう。ひどい客だった。

誰かの『好き』をそれこそ、おれが、捻り潰して、暗い気持ちにさせて追い詰めた。ちなみに、自殺を試みた新入社員は親元へ帰って行った。俺はタクシーを、多用できる会社に転職して、メキメキ実力を伸ばしていたんだ。でも、思いは晴れなくて、そんな時にタクシー運転手に八つ当たりしてしまった。そのあとは丸くなったけど」

「まるくなる?」

「棘が取れてイガイガしなくなった、ってところかな。優しくなった、とはちょっと違う気がする」

「それと天華の成長物語と、どんな関係があるの?」

妻が冷ややかに言う。娘の芸能管理もできない俺。一方、パート・アルバイトで地下アイドル芸能事務所へ潜入した妻は強い。本業の合間にスタッフとして滑り込んだ。娘の応援のため、と。そこら辺、ザルな事務所ではないか?まあ、すぐ辞めて母親としてスケジュール管理の相談を事務所の人間とリモートや電話でする体系になったらしい。どんな時代でどんな杜撰さと、時代だ。

俺にできることは。

「天華、十八歳になったら、一緒に車の免許を取りに行こう」

「へっ」

「もちろん、友達と約束してるならそっちに行きなさい。でも、天華はきっと、俺よりずっと運転をすべきだよ。もう忘れるんだ。俺は、生きて、天華をドライブに誘ったり、誘われたりしたい」

俺の説得に、泣き出す天華。

「無理だよパパ。無理」

「じゃあ、一生パパの運転する車に乗ってくれるかい?」

「……」

「天華には、彼氏とかと普通にドライブして欲しい。これは俺の我儘だ。ママも、言いたいことがあるだろう」

「……続けて」

「結婚して、子供をもうける。今となってはハラスメントとかになるかもだけど、生き方として、絶対視されないけれど、上手く言えないけれど。でも、天華が、運転できると。彼氏とデート中、運転が変われる。ちょっと遠いスーパーへ行って安いお茶のBoxや、カップ麺が買える。子供のお迎えがスムーズになる。都心でも、運転してくれなくても持ち前の地理感覚でナビゲーションしてくれると助かる。天華、助かるんだよ。お前がちょっとだけ車や運転に興味を持ってくれるだけで」

そして、やっぱり大事なこと。

「あの日怖がらせてごめん。凶行に走らせるほど追い詰めたとは思わなかった。本当は、天華は、今にでも運転できるんだと思う。免許はまだだけど」

こんなに喋ったのは、いつぶりだろう。

「天華、どうか、俺に勇気をくれ。この年で免許を、取るのは恥ずかしくない。ただ、娘を苦しめながら生きている自分をひったたく勇気だ」


天華、俺の娘。

「時間はある。天華、いつでもいい。いつかハンドルを握ろう。お前は心優しい宮下天華で、いつか通う教習所代を稼ぐために、安全な仕事をしていてもいいんじゃないだろうか」

妻から離れた天華は、

「モデルは、やりたい。でも、もっと大きなところでお世話になりたい。ダメだったら、他のバイトする。ハンドルを握るのは、考えただけでも怖いけれど、運転は今すぐやりたい。めちゃくちゃになってる」


俺たちは、家族だ。宮下天華を一番に考える宮下家。

もしも、また、意外にも生まれ変わってしまったら。


未来の天華の運転する車に乗る園児になりたい。

天華は、幼稚園バスの送迎スタッフになった。ゆっくりと、ぜったいに身を挺して園児を守る。全員が降りたことをせっかちな保育士さんががなりたてても、絶対に確認して、無人を報告する。座席の下まで見て、子供の数を保育士と確認する。


負けるな、天華。

俺たちのアイドル。地下にいても見つけ出す。

イメージカラーは幼稚園バスの車体色。

モデルのような体型で模範的な運転。


天華。すごく頑張ったな。


うつくしいぞ。

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