第12話

我が子の目の開ける瞬間も見られなかった。

産後の経過が悪い、なんて、

なんて不思議な言葉だろう。

一生懸命、時には妊婦であることが嫌になるような、狼になるような吠えるような気持ちで、トツキトウカ、具体的にはもう少し早く出産予定日は訪れた。マタニティブルーにも、マタニティハイというのにもなったような。とにかく、家中の皿を割りたい時もあった。

でも、いろいろすっ飛ばして我が子に会えた時、実は、そんなに感動しなかったのだ。

ああ、やっと会えた!と感動できたら良かったのに、今から思えば、その時からおかしかったのだろう。前世で元気な男の子を出産した。顔つきは私と旦那のどちらに似てるか分からないくらいにはホントに新生児。私は、


そこから先は覚えていない。我が子の名前を懸命に考えたが、なんと名づけられたのかさえ、分からない。旦那は子供を産むだけで死んだりしないよね?!と半泣きで。

声は出ない、出す元気はないが、出産は、命懸けよ、と伝えたかった。


みんながみんな、元気に健康に、通常に普通分娩とか。いろいろと、生まれてくるわけでもなければ、妊婦だって、女だって、いろいろよ。

前世で私は一児の母になってからこの世から去るという大業を成し遂げたと同時に。

まだ瞳の色も見ていない小さな、赤ちゃんを、旦那を、家族を、遺して逝ってしまったらしい。

はっきり覚えている。でも自分の名前が思い出せない。

前世を思い出したのは、今世で妊娠している時だった。

初産なのに、前もあったな。

と訳の分からないことを感じていた。

この事は、絶対に秘密だ。

そして、不思議な事件は起こる。

とんでもない、体験をして、天華が生まれた。

そう、出産。

人間、人間をひねりだせるくらいには、神秘である。

昔の、前世の記憶がなければもっと可愛らしい奥さんでいられただろうが、なんせ、二度目だ。

しかし

「やっと会えたー!!」

今世は可愛い産声の可愛い小さな女の子を、愛おしい気持ちで抱きしめられた。

最初の三ヶ月、ひたすらじいじとばあばに助けてもらったが、グロッキーだった。

産休、育休、勝ち取ったり。

しかし、赤ちゃんの泣き声というものには必ず起きねばならない。

母だからでは無い。母なのでなんか起きて見てみてしまう。だって、泣くもの。それでも、ひとりじゃない、って強い。天華は、夫が名付けた。

天下泰平とか天上天下、唯我独尊とか、とにかく我が道をゆき天下を表すような強い感じにしたいらしい。

天という字を組み合わせたいらしい。

それとなんかこう、画数多くもかわいい字って無い?と聞かれて、花という字の難しいバージョンがあるじゃない、と女らしく答えたら。

「それにしよう!」

命名・天華。

宮下天華。

響きはいいけれど画数も占いみたいのでネットで調べようかと思ったけれど。

そういえば、前世の子はどんな名になったのだろうかと考えると、母になって涙もろくなったのか、涙が出た。どの時代のいつの子だろう。頼りの前世の私の記憶は、田舎の祖父母と両親が同居する昔ながらの家に育ったという印象のみ。

そして、思い出したく無いものがある。天華を産んだ時にとある情景が圧縮された映画のように瞼の裏に流れた事だ。

とある女性の一生だった。

けしていい結末のものではなかった。

誰のなんの、そもそも何か。それを知るのは、天華が高校生になった時。

制服を着て、勇気とか猛省とか、躊躇も何もなく言った。


「私、ママの子供、殺しちゃったかもしれない」


心臓がどくんっ、とした。

怖かった。私の子供は天華だけ、そう、私の子供は。

でも。

まさか、忘れかけていたのに、いや、私の前と今の記憶はどうだっていい。

この発言事態が心配だ。

「何言ってるの、ママの子は天華だけよ、悩みがあるなら聞くから、くわしく、おし、え、て」

聞いていいの?聞くの?でも。

出産の時に映画を見たのだ。

「私ね、選んだわけじゃないの。

でも、偶然、パパとママだから、迷ってるの。

苦しい、とも思ってるかもしれない。

学校ではなんの悩みもない。

今日の入学式だって何ともなかった。でも、やっぱり、私がおかしいのかな。過去のパパとママの未来が見える、おかしなことなの」

混乱している。混乱した。

「天華、もう着替えて寝なさい。それか、もしその思いが消えないようなら大きい病院に聞いてみましょう」

正直、仕事が忙しかった。たまに海外へバイヤーにも行く。韓国やベトナムだ。今後、まだまだ訪ねる国は増えるだろう。部署の異動だって急にある。

しかし。

「ママ、ママが前世で産んだ子は立派に育ったよ。たぶん、いいところに勤める男性で、昔の私が運転するタクシーで、ごめんなさい、ママ。ママが前世で繋いだバトンは私が轢き殺したの」

「天華!」

縋りより、天華の両手を自らの両手で包む。

「どうしたの、訳がわからないわ?今すぐ病院に行きましょう」

病院といっても、怪しいところにはいけないし、学校に相談すればその手の病院を紹介してくれるだろうか?

弱々しく言う。天華の主張。

「ママ、前は大家族で住んでたんでしょう?旦那さんは、出産で奥さんが死ぬだなんて思ってなかった。赤ちゃんも一人いた。男の子。でも、ママ、そのお母さんは、その時もう調子が悪くて、生まれた時喜んであげられなかったんでしょう?

ここまでが過去の、ちょっとずつ見たママの、とあるお母さんが未来に向かう話」

静かに語り終えた。

天華の、母は、迷った。

「あの車の運転手は前の天華なの?」

車内。ビル群。スマートな男性。事故。映画の内容だった。

「私、女だけど、タクシーの運転手だったの」

気づけば相手の腕を手で押さえていた母だった。

しばらく後に、

「……そう……」

なぜか、なぜだろう、なんの感情も湧いてこなかった。

そして、長年の夢が正夢だったとでも言うような奇妙な感覚。それでも、今の私は。

「天華、つらくない?」

「ちょっと怖い。私の話じゃないのに私が昔やった事、みたいな」

「わかる。ちょっとわかるわ」

実感。

「あのね、ママ」

母がじっと、ずっと天華を見ている時間が長い。

「パパなの」

ママの子供で、私が轢き殺してしまった命は、今のパパなの。

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