第7話 光の天使との邂逅
そのとき。
光り輝く白き羽根が二人のもとに舞い降りた。リアンの冷気の白い靄が形を成して降りかかるように。しかし幻想的なその羽根はリアンのダートとディーヴァの魔力を消し去った。羽根が触れた途端、太刀の刀身も、鉄扇が纏う黒い靄も、はじめからなかったかのように消え失せた。
ぶつかり合うはずだった勢いが削がれ、リアンとディーヴァはすれ違う。刃のない太刀も、鉄扇も、相手を傷つけることはなかった。一滴の血も許さないように、ひらひらと落ちた白い羽根は土に浸透し、その魔力を広げていく。
リアンは目を見開いた。光属性の魔力の中に感じる神性。けれど、生命の神はセフィロートには姿を現さないはずであり、眷属神であるアルブルは樹木神であるため木属性だ。こんなにはっきりと、ディーヴァと同じレベルで神性が感じ取れるのに、神ではない何かなど存在するのだろうか。
状況に戸惑い、思考が未だ追いつかぬ中、リアンはまばゆい光が空から降りてくるのを見た。ディーヴァも同様、空を見上げ、そちらは光の正体に気づいたらしく、ちっと激しく舌打ちをし、光を睨みつける。
光は地に降り立つと弱まり、それが人の形を持つことがリアンにもわかった。ただし人ではない。肩より少し長い金髪の片側をこめかみから一房、三編みにして垂らす中性的な面立ちの麗人。開かれた目は快晴の昼空のように鮮やかな色で、その中には好奇や優位など、様々な感情が宿っている。とても人間らしい雰囲気だ。リアンの肩ほどしかない背丈も相まって子供にすら見えるが、人間と明らかに違う箇所は、その背中にあった。先刻舞った白い羽根と同じ輝きを放つ二対の翼である。
その正体は憎悪を燃やしたような色を宿す闇の女神が知っていた。
「天使……!」
「やあディーヴァ、お久しぶりだね。キミが復活したと聞いて大わらわで来てみたんだ。どうだい、再会の気分は?」
忌々しげに睨みつけるディーヴァの視線をものともせず、天使はへらりと笑ってのけた。どうやら既知の間柄であるようだが、ディーヴァは険悪、天使は飄々としていて、その反応の差異にリアンは目を丸くするしかない。ただならぬ仲ということだけがわかった。
「最低だよ」
「そうかい、それは光栄だ」
ディーヴァが容赦なく叩きつけた返事をさらりと流す。さも感動的な再会であるかのように語った割に、天使の反応はさっぱりとしていた。そこから天使はくるりとリアンに振り向く。
「こんにちは、氷の剣士くん」
「はい、こんにちは」
リアンは至極あっさり放たれた挨拶に、自分の緊張はなんだったのだろうと肩透かしを食らいながらも普通に挨拶を返す。その間の表情変化は目が三ミリくらい見開かれた程度。直前までの戦闘時の緊張感こそ失せていたものの、充分に落ち着きすぎているリアンの様子に、天使がくつくつと笑う。
腹を抱えるように腕を当て、もう片方の手で口元を押さえ、肩を震わせる姿は伝承で聞くような天使より人間味に溢れすぎていて、リアンの脳内は疑問符だらけだ。こんな人間味溢れる人が、本当に天使なのだろうか。不敬は承知ながらも疑ってしまう。
「いやあ、聞きしに勝る沈着ぶりだ。悪いね、笑って」
「い、いえ」
全く悪いと思っていなさそうな雰囲気の天使だが、リアンは恐縮気味な態度を取る。あのディーヴァが忌々しげに「天使」と呼んだのだ。生命の神の使徒であることは間違いないだろう。
それに、先程の膨大な光の魔力と神性は確かにこの小柄な天使から感じられた。精神を研ぎ澄まして鋭くしているリアンは直感が鋭い。故に自分の勘をある程度信じるようにしていた。
天使は小首を傾げて微笑む。
「ボクはリーヴル。お察しの通り神の使徒だ。セフィロートの主神のね。アルブル、お久しぶり」
神の使徒、という肩書きの割にかなりフランクに天使リーヴルは大樹に声をかけた。大樹はしゃべらず、たださわさわと風に葉を揺らめかせた。
「相変わらず寡黙だね。というか、そういえばキミは化身ちゃんを介してしか話せないんだっけ。化身ちゃん、もう外は大丈夫だよ。ボクの能力で女神も力を行使できないからね」
示すように自らの翼を持ち上げて見せ、リーヴルが言った。どうやら先程降ってきた羽根にダートや魔力が打ち消されたという感覚は間違いではなかったらしい。リーヴルの余裕ぶりにディーヴァが歯噛みしているところからも、確かなのだろう。
すると大樹のうろからフェイが現れ、リーヴルの前に跪いた。
「初めまして、リーヴル様。私はアルブル様の使徒、フェイと申します」
恭しく礼を取るフェイに、リーヴルはうん、と微笑む。
「アルブルから、キミのダートとティファレトのことは聞いているよ。主神の代わりに謝るよ」
サラリ、と陽光を紡いだ金糸が垂れる。リーヴルの予想外に丁寧な謝罪にフェイは戸惑い、お顔をあげてください、と叫ぶ。
すぐに空色の目をあげたリーヴルは、フェイの夜空色といったん見合わせた後、斜め上の髪飾りを見やり、にこりと微笑んだ。フェイは気づかれたことに気づいて、頬を赤らめるが、リアンの思考はその真意にまでは及ばない。
さて、とリーヴルは振り返り、射殺さんばかりの視線を送り続けているディーヴァを見る。魔力こそリーヴルの力で封じられているようだが、鉄扇は両の手に顕在、ばらりと広げられている。ダートを打ち消されたため、ほとんど無防備となってしまったリアンはリーヴルの登場に紛れながら、静かにディーヴァと距離を取っていた。刃こそないものの、その手は油断なく柄に添えられている。
リーヴルはディーヴァの殺気を真正面から受け、おお、怖、とわざとらしく肩をすくめて見せた。あまりにも飄々とした様子にリアンは無表情ながらも呆気にとられていた。
「ディーヴァさーん? 睨んでもボクは死なないよー? それともなぁに? 戦いに水射されて怒ってるの? ディーヴァちゃんってば可愛い」
昼空色の瞳で楽しげにディーヴァに話しかけるリーヴル。侮辱の言葉など一言も入っていないはずなのに、ディーヴァの神経を見事に逆撫でしているのがわかる。リーヴルの能力でも打ち消せないらしい神性が、森の何かを不穏に蠢かせていた。
リーヴルはというと、声も弾んでいるが、彼自身、弾んでいた。闇の女神に向かってスキップ。遠足に来た子供のように無邪気で無防備だが、白銀に輝く四枚の翼から放たれるあらゆる力を打ち消す光は常時発動のものであるらしい。リアンも相変わらずダートが使えない状態であるし、ディーヴァもいまだ構えを取っているのみで、詠唱どころかあれだけ膨大だった魔力の気配すら感じられない。リーヴルの力の詳細がわからないのと視線だけでも人を殺せそうなほどにまで高まっているディーヴァの殺気もあり、念のため、とリアンは滅多なことでは使わない柄の仕掛けを軽く確認した。
リーヴルが一つ地面を踏みしめるごとに、魔力、ダート無効の白い光が広がっていく。ディーヴァだけがこの空間で黒く、黒かった。
とん、とディーヴァの眼前まで来ると、リーヴルはその姿を仰ぎ見る。
「ところでディーヴァ、髪、ずいぶんばっさり切ったねえ」
ぎりりと歯噛みするディーヴァを愉快そうに眺め、その周囲をくるくると跳ね回るリーヴル。ディーヴァの殺気がいっそう濃くなり、さすがのリアンも一瞬身を硬直させる。リアンの緊張を読み取ってか、リーヴルが大丈夫だよ、というように手をひらひらさせた。
「前、踵まであったよね。なになに、イメチェン? それとも失恋した? お相手はそこの剣士くんかな。あははっ!」
魔力、魔法が完全に無効化されているとはいえ、闇の女神であるディーヴァにリーヴルは皮肉を叩きつける。剛胆、の一言で済ませても良いものか迷うほどの所業だ。内容の一部が当たらずしも遠からずなのがまた、何とも言えない。
ディーヴァがぎち、と鉄扇を握りしめる中、リーヴルはディーヴァの背後に回り、何の警戒もなく、ディーヴァの闇色の髪をさらさらといじり、けたけたと笑う。
「髪は女の命、とか言ってなかったっけ。ああ、命捨てちゃいたくなるほど熱烈な思いなわけ? さすがはディーヴァ、重いねえ」
「黙れ小僧!」
ディーヴァがとうとう完全に切れてリーヴルに向かって身を翻し、鉄扇を振るう。重々しい鉄扇の空を切る音。そんな中、リーヴルは紙一重でひょいひょいと躱す。そして軽快な動きの中、一つ踏み切り飛び上がると、ディーヴァの鉄扇の上に。ディーヴァは瞠目し、思わず動きを止める。
そんなディーヴァにリーヴルはしゃがみ込み、右頬をつつく。血こそ止まってはいるが、まだひりひりと痛む赤い筋はリアンに戦闘時につけられた切り傷だ。
「ねね、これは? 随分とまたセンスのいい刺青だねえ。ディーヴァ、口紅の色もこれにすれば? 今よりきっと美人になるよ」
「五月蠅い!」
ディーヴァが顔を歪め、リーヴルを振り落とすように鉄扇を振るう。リーヴルは落ちることなく浮き上がり、ふわりと地面に降り立ち不敵に笑う。
「詰みだよ」
放たれた言葉の意味が分からず、ディーヴァは目を白黒させたが、直後、後方から斬撃、ディーヴァの片腕が紅い花弁を散らしながら宙を舞う。続けざまに背中に二撃。そこでようやく体の反射神経が反応し、ディーヴァは飛び退るが、一歩退いたところで足首から激痛、踏ん張りがきかず、倒れこむ。
足を見れば、両方とも赤い靴を履いたように染まっている。人間で言うところの腱を切られていた。神という人外の存在に人間と同じ戦法が効くのか、懸念はあったが、人の形を取っているのだから、賭けてみる価値はあった。どうやら、賭けに勝ち、リーヴルの言の示す通り、状況はディーヴァに対して「詰み」である。
立ち上がるすべをなくした女神が見上げると、氷色の眼差しで見下ろす剣士がそこにいた。その手には持ち手の短いナイフ。鍔がないため、だらだらと血液が持ち手へ滑り落ちていく。リアンが柄だけの剣に仕込んでいたナイフだった。本当の本当に緊急時用のため性能面はやや不安なところがあるが、刃物であれば、それはリアンの得物であるにちがいない。剣士リアンは相変わらず無表情だが、盛大に返り血で彩られたその姿は、相対する女神ですら畏怖の念を覚えた。
「見事だね、剣士くん。恐れ入ったよ」
緊張感を砕くような声色とともに拍手を送るリーヴル。しかし直後にその表情は、ディーヴァを見据え、険しいものへ。
「所詮、分体ではこの程度か。さっさと還れ」
冷たい一言とともに、リーヴルは掌をディーヴァに向ける。すると掌から光線が放たれ、ディーヴァの体を木っ端微塵に吹き飛ばした。
分体……ということは完全復活ではなかったのか、とリアンが密かに安堵していると、リーヴルが「完全体なら指先一つでこの森なんて木っ端微塵だよ」と物騒なことを笑顔で言ってのけ、リアンは元々そんなによくもない顔色を更に悪くした。
とはいえ、女神の消滅は呆気なかった。
しかし、気にした風もなく、リーヴルは満足げにうんうんと頷く。
「彼女の本体は勇者に焼き払ってもらうのが似合いだよ」
明るい笑みを戻したリーヴルが唖然とするリアンに言う。リアンはリーヴルを見た。明るい空色の瞳とかち合う。
「さて剣士くん。ボクはキミに訊ねたいことがある」
「はい」
リアンの声は固かった。そんなに固くならなくていいよ、とリーヴルはほんわかとしていうが、先刻、ディーヴァを吹き飛ばした場面がよぎると、とても緊張せずにはいられない。
リーヴルが割って入っていなければ、ディーヴァの魔力とリアンのダートのぶつかり合いで、木っ端微塵になっていたのはリアンだったかもしれない。それくらい命を脅かすような存在を指先一つで小突いた程度の疲労で押し退けたリーヴルの強さリアンはどうしても畏怖が勝ってしまうのだった。
ふと、リアンがぼろぼろな姿であることに気をとめたリーヴルが「化身ちゃん」とフェイに声をかける。
さすがにあの激しい戦闘場面から遠ざかっていたらしいフェイはひょっこりと場に足を踏み入れおずおずと「なんでしょう?」とリーヴルに応じた。
「化身ちゃん。剣士くんを回復してあげて」
「え、でも、魔法は」
使えないのではないか、と未だリーヴルから広がる光を見ながらフェイが怪訝そうな顔をする。
「心配いらないよ。ボクのこの力の中では普通の魔法は使えないけど、回復魔法だけなら使えるから」
どこか自慢げにリーヴルが答える。フェイは半信半疑といった様子でリアンの傷に向かって詠唱する。
「木々よ、自然の力よ、癒しの力を与えたまえ」
すると、フェイの手から柔らかい光が放たれ、その光がリアンの傷口を塞いでいった。その様をリアンもフェイも呆然と見つめる。
「ね?」
悪戯っぽく、リーヴルが微笑む。二人はただただ頷いた。
「しかし、さっきは非常にいいタイミングでディーヴァを斬ってくれたね。さすがは魔王ノワール四天王のうち二人を師に持つ使い手だ。凄まじいスピードと体捌きは土の民の絶対君主を、正確無比の剣閃は鬼人すら恐れ入るだろうね」
アミドソルとシュバリエのことを暗に指摘され、顔を翳らすリアン。フェイがそっとその肩に手を置く。
「あ、ごめんね。気に障っちゃったかな? ボクはセフィロートでもマルクトを見守る使徒で、そこにノワールが生意気にディーヴァの神殿なんか建てちゃって粋がってるから、ちょっととさかに来てるわけ。そのせいで物言いに棘があるみたいなんだけど、気にしないで」
そう言い、にこりと微笑まれると、フェイもリアンも返す言葉を失う。それを見計らって、改めてリーヴルは言った。
「それで、氷の剣士くんに訊きたいことがある。神の使徒として」
さわり、と風が木々を揺らし、リーヴルの金糸を揺らす。リアンのダートによるものではない冷たい空気が場に漂う。
リーヴルの空色の瞳はリアンの湖水色を射抜いていた。
「キミは神より叡智を授かって生まれた者だ。セフィロートの危機を救うのがその役目。そこのアルブルの使徒がしたように」
アルブルの使徒、と呼ばれて、フェイがぴくりと反応する。
構わず、リーヴルは続ける。
「今、セフィロートに危機をもたらそうとしているのは、さっきの破壊の女神ディーヴァと、その復活を目論む魔王ノワールたちだと思うんだけど、キミはもう一人のダートの使い手と別の道を歩んでいるね。それを間違っているかもしれないと分かっている。それでもキミがその道を歩んでいくのはなぜだい?」
リーヴルの問いはリアンに鋭く突き刺さった。そう、リアンがダートを持つ者だと知るなら誰もが抱くであろう疑問。
それに──『それを間違っているかもしれないとわかっている』──急所を突くような手痛い言葉だった。
そんなリーヴルの空色はすべてを見透かしているようで、正直リアンは恐ろしかった。けれどその問いの答えは、確固たるものがある。
だからリアンはまっすぐ空色を見据え、懐から取り出した小瓶を握りしめ、決然と言い放つ。
「ここには、契りを交わした友がいるから。守るべきものがあるから、僕はここで戦うんです」
首から吊り下げられた小瓶にはソルの土塊が、麻紐にはフェイからもらった赤い花があった。
セカイの裏切り者と謗られようと、この友との誓いは絶対に譲れない。
そう宣言したリアンと、その手にある契りの証を目にしたリーヴルは。
「あはははははは!」
唐突に噴き出した。金の三つ編みを揺らして笑った後、戸惑うリアンとフェイに語る。
「ディーヴァは破壊の神。生命の創造を司るボクの神様と対なす存在だ。神様が命を栄えさすことで力を得るように、ディーヴァは生きとし生けるものの死によって力を得る」
そこで何か気づいたようにリアンもフェイも顔を強張らせる。
「彼女の力の供給源は、枯れ行く植物や天寿を全うした人間でもあるが、彼女が最も力を得られるのは、彼女を敬う魔物たちの死」
これがどういう意味か、分かるかい? 好奇に満ちた空色がリアンの湖を映し、問う。
「リヴァルが、間違って、いる……?」
震える声で思い至った答えを述べるリアン。
そう、魔物を滅しようとしているリヴァルの行動は、知らずとはいえ、ディーヴァの復活に大きく加担しているのだ。
リヴァルの正義は、むしろセカイを崩壊へと導こうとしている。そう思い至ったリアンの表情は相も変わらず動かないけれど、常より白い肌が、なお白く凍っていた。
「それもそうだけどね、氷の剣士」
青ざめたリアンにリーヴルがその両肩をぽん、と叩く。見ると、その瞳からは先刻までの無邪気な好奇の色が消え、天使の名にふさわしい厳格な雰囲気と真剣な眼差しがリアンの湖をまっすぐ見つめていた。
「それは、この森を守るキミが正しいということも示しているんだよ」
「──っ!?」
凛とした風が吹き抜けた。
リアンが瞠目する。脇にいたフェイがその隣でそっと腕を引く。振り向いた先の夜空色は、こくりと深く頷いた。
「キミは、セカイの裏切り者なんかじゃないんだよ」
昼空色の天使の瞳が氷の剣士の存在を肯定する。魔物の森の守護者を肯定する。
「ダートの使い手として与えられた使命を、キミはしっかり果たしているんだよ。氷の剣士、森の守護者──絆を紡ぐもの、リアンよ」
絆。それはリアンの名前そのものを示す。
顔も知らない母親か、父親か、赤の他人かは知らないが、願いを託して授けた名前。リアンというのはセフィロートにおける旧き言葉「原語」において「絆」という意味を持つ。
リアンがダートを授かって生まれてくるなど、誰も想像しなかっただろう。けれどケセドの民はその気質に相応しく、前途をほんのりと明らめるような名をダートの子どもに託したのだ。
誰かとの、何かとの絆の先にその子の生が花開くように、と。
天使は絆を背負う少年に啓示を与える。
「これまで絆というものは、キミを束縛してきただろう。その束縛で、キミは幾度も苦しんだだろう」
ダートの操り手の使命、森で出会ったソルとの契り、最も守りたいと願うフェイとの血の盟約。魔物の棲む森を守るとことに感じる後ろめたさに、あれほど焦がれた故郷にすら足を踏み入れられない。契りを交わした友さえ失い、それでも契りを果たすために、その絆を捨てられずにいる。
人への裏切りと思いながらも、リアンは絆を捨てられない。
幼き日々に共に学び、ともに育ち、今は真逆の道を歩む敵であるリヴァルにさえ、絆を感じずにはいられないのだ。
だって、僕の人間の、たった一人の友だちだから。
同じ宿命を背負ったから、けれど思いが違いすぎて、遠すぎて、けれどリアンは捨てられない。肩を並べられないけれど、リヴァルは友だちなんだよ。
苦しかった。苦しかった。だから僕はいつまでたっても君を殺せなかった。
そんな思いを抱きながらもリアンの冷気は整い、凛とした空気を張る。
それを肌で感じ取り、リーヴルは自分の打ち消し能力を上回ったリアンのダートに満足げに微笑む。
「けれど、その絆こそが、セフィロートの命を紡ぐ。さあ、行け。守るべきもののために。ね、氷の剣士」
「はい」
リアンの水面に揺らぎはなかった。
それをもう一度満足げに眺め、リーヴルは翼から一枚、白銀の羽根を引き抜き、リアンに渡す。白銀の羽根はリアンの手に落ちた瞬間、光となって溶け、リアンの全身を駆け巡る。
「これはボクのとっておきだよ」
微笑む昼空と陽光を紡いだ金糸が、涼風にさらわれるように消えていく。
「リーヴル、さま……」
リアンが手を伸ばし、触れようとするが、それは空を切る。
しかし、囁きが聞こえた。
「キミに足りない魔力を分けたんだ。譬、命を賭したとしても、その誓いを守ってよ。それがボクの啓示であり、キミという存在に対する願いだよ」
その囁きを最後に、光の天使は姿を消した。
そして、氷の剣士は決意した。
譬、得た力と命のすべてを賭したとしても、この森を守り抜くと。
リヴァルを止め、セフィロートを救おうと。
──後のことはすべて、リヴァルに託せるように。
譬、この命を賭したとしても、
必ず、守り抜いてみせる──
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