空を飛んでみた
2045年、人類は空を飛べるようになった。
いくつかの法改正と制度整備がされて、普通自動車免許をとるように専門の学校で数ヶ月の研修を行い試験をパスすると誰でも免許を獲得できる。
そんな魅力的なものは取りにいくしかない、とかねてから思っていた俺はコツコツと金をためていた。そして45年の「天空法」なんて言われている法律の
そして俺もついに
機械とシリコンで作られた「翼」は、開発会社がデザインに力を入れている。わかりやすく天使の羽のような見た目のものから、ゴツゴツと機械じみた現代チックなものまである。
「翼」は人間の脳波と正確にリンクし、手元の操縦レバーで微調整をする。動力源は電気を中心に、信号を送って翼を動かすのは自分の身一つ、というわけだ。
車と同じで、卒業してすぐに自分一人で操縦するのは不安が募る。とはいえ免許も取得してある程度の自信もあり、慣れた手つきで翼と脳をリンクさせる。
リンクが正常に終わると翼はパタパタと動いた。背中から翼の動く感触が伝わる。上下左右に動くイメージを飛ばし、翼が思い通りに動くことを確認する。
準備は万端だ。
思い切り翼を地面に叩きつけるイメージをする。ブオンと翼は大きく羽ばたき、反動で体は容易く宙に浮いた。落ちないようにイメージを保ちつつ、何度も翼をはためかせる。二階建てのアパートを越えて屋根を見下ろす。数秒前まで立っていた地面が、もうこんなに遠い。はやる気持ちを抑えつつ、大きく息をはいてどんどん高度を上げながら旋回する。
自宅の周りを一望できる高度まで上がると、その景色に思わず見惚れた。
密集した住宅街の光が
遠くに目をやると、スカイツリーや東京タワーがそびえたつ。
空を疾るときは道幅の広い車道の上でしか速度を出せない。なおかつ都内、特に西の多摩川から北の埼玉の県境、そして東の隅田川より内側は「特別密集警戒地域」に指定されており、滑空速度が車と同じ速度になっている。
ここを抜けると速度制限は一気に緩くなり、そして都内を抜けると制限速度はない。まずはゆっくりのスピードで都内を疾りつつ、今日は千葉の最東端まで向かおう。
下を走るタクシーに速度を合わせつつ、目線はまっすぐ前方を向ける。びゅうびゅうと風が頬を撫でる。水平に伸びる翼に合わせて、なんとなく両の手をひろげながら、くるりと一回転したり、左に傾けたり、右に傾けたり。地面を背にして夜空を見上げたり。一時期流行ったドローンや三百六十度カメラのような光景が目に飛び込んでくる。
皇居周辺にくると思わぬ面白さがあった。車道にそって高層ビルがそびえ立つ丸の内の空を疾ると、ビルの合間を何度もすり抜けるのだ。視界の広い空の世界で、アクション映画のワンシーンのように目まぐるしくビルとビルの間を疾る。
高度をぐんと上げては急降下する。東京駅を中心に付近を飛び回る。
しばらく翔けて主人公気分を
都内の景色に目を預けながら、またゆっくりと滑空を楽しむ。車やバイクで走るのとも、自転車で駆けるのとも違う。リアルに足を動かすように翼をはためかせ、機械を操縦するようにレバーを弄る。ヘルメットや膝当てもない、身軽な服装に風がダイレクトに当たり、地面ははるか下というスリリングさに心がはしゃぐ。
浅草を抜けると隅田川はすぐそばだ。
これを渡って墨田区、葛飾区をゆき千葉に入るのも良いが、裏道がある。高度を上げながら、隅田川をそのままお台場の方へ下っていく。大きな河川の上、低空帯の少し上を疾るときは制限速度がなくなるのだ。陸の上を行くよりも水上を制限速度なしで突っ切る方が早く着く。
何度か翼をパタパタと動かして、今度は一気に風を
直線距離にして、浅草から両国はわずか3kmほどだ。この区間は空の加速車線と呼ばれる。自転車や車だと数分から数十分はかかるが、飛べば数秒だ。両国を抜けると川がカーブするので、左翼を数ミリ上に向けて右へ向け、直後に戻して右翼を上げる。細かい翼の動きはレバーで操作するが、感覚としてはゲームセンターの格闘ゲームなどの操作に似ている。一秒の操作が行き先を決めるのだ。強い風が心臓さえ撫でているようで少し怖いが、楽しさが勝る。
一気にお台場を抜けて東京湾へ出る。
ここで少し速度を落とし、旋回して都を一望する。都会のギラギラとした輝きが最果てまで続いているような景色を、海風にあおられながら目に焼き付ける。ある程度満足すると、また翼を二回はためかせ速度を戻す。
とはいえ速度は速い。悩み抜く間もなく房総半島の南端に着いてしまった。その速さに驚きつつも、これでは芸がないと感じ今度はあえて速度も高度も下げて、半島に沿う車道の上を北上しながら疾ることにした。車と同じ速度で、住宅より高いところから水平線を眺めつつ疾る。好きな音楽をかけて、レバーから手を離しぷらぷらと宙に泳がせる。
一時間ほどそうしていると、東の空が明るくなってきた。水平線の向こうから、太陽が顔を出す。自然の光が海に、山に、道路に反射する。あまりの神々しさにかけていた音楽が聞こえなかった。雲ひとつない空に晴天を告げる日の出に目を見張る。
太陽が昇り切ったのを見届けた後は、千葉の風景に目を預けていた。起床した人々が生活を始める様が見える。ひとしきりそれも眺めた後は、海上に出て速度を上げ銚子へと向かう。
目的地に着くまでに、いくつもの景色が通り過ぎていった。
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