第2話 【高校生のカップル】

朝比奈あさひな、これから学食に行くの?」

和雲わくか、そうだけど一緒に行くか」

「うん、今日は僕も学食なんだ。美和みわも後から来るって言ってるから先に行って席を取っておこうか」


 ぐーっと腕を伸ばしながら、一緒に向かうのは、飛江和雲とびえわく

 静かな言動、静かな雰囲気を持つ好青年だ。


 成績も優秀でどの運動をやらせてもそつなくこなし、出来ない事はないのではないかとよく思わされる。

 彼とはなぜかウマが合い、こうしてよく昼食を一緒に食べている。

 

 和雲って、穏やかで隣にいると落ち着くんだよな。

 昨日の失敗も、それはそれとして前を向ける気がしてくるから不思議だ。

 

 学食につくと和雲は、何を食べようか迷っている様子だ。


「朝比奈は、何を食べるか決めてるのかい?」

「決まってる、ラーメンかな」


「本当に麺類が好きだね。でも寒くなってきたしラーメンも良いね」


「和雲は何を食べるんだ?」

「どれにしようか迷ってるんだよね」


「ニンジンだけなんだっけ、嫌いなの」

「ニンジンだけだね」

「なんでニンジンだけなんだ?」

「なんでだろうね」


「ジュースとかも?」

「他のに混ざってれば大丈夫だよ。


 百パーセントとかは無理だけどね。

 あの手この手で食べさせようとしたけど、苦手で親も諦めたくらいには嫌いだね」


「筋金入り過ぎじゃないか。

 仮に恋人を助けると思ってニンジンを食べなきゃいけなかったらどうする?」


「どんな状況なのさ。

 ん~。

 ん~……頑張って食べるかな」


「凄い僅差なのな……」


 誰にだって嫌いな物の一つや二つあるものだ。

 それでもそこまでとは思わなかった。


 自分はラーメンを受け取り、席に着く。

 和雲は何を頼んだのかと見ると、唐揚げ定食を注文したようだ。


「唐揚げ定食にしたのか、美和が来るから?」

「うん、すぐに来るとは思うけど一応ね。気にせず食べててよ」

「悪いな、お言葉に甘えて」 


 同じ麺類にすれば彼女が来るのに時間が掛かった折に罪悪感を抱かせてしまうかもしれない。


 こういう気遣いが出来るからこそモテるんだろうな。


 彼女がいるにも関わらず、和雲の人気は高かった。

 もっとも多くの女性にモテた所で、和雲は美和しか見ていないが。


「和雲くん、朝比奈君。お待たせ、ごめんね、待った?」


 すぐ来ると言っていた通り、声を掛けてきたのは京江美和きょうえみわ


 和雲の彼女で、校内では美男美女《びなんびじょ》カップルとして有名だ。

 おそらく誰が見ても美人だという感想を抱くだろう。

 目鼻立ちがはっきりしている。


 美和は何事にも一生懸命であり、まっすぐとした性格をしている。

 けれども、まっすぐすぎるが故に時々暴走してしまい、和雲によく止められている。


 美和が暴走していない時は、雰囲気が落ち着いている。

 二人で支え合い立っている様子が見ていて心地良い。

 そんな雰囲気が好ましく、それとなく一緒になった経緯を聞いたら詳しくは教えてくれなかった。


 なんでも昔は美和が荒れていたが、それを和雲が救ったとかなんとか。

 普段の和雲からは想像出来ない。


 そしてそれ以上の事は聞いた事が無いし本人達があまり話したがらない。

 無理して聞き出す必要もないだろう。


「今、来た所だから大丈夫だよ」

「そうなの、ありがとう」


 ラーメンと唐揚げ定食という組み合わせ。

 自分がまだラーメンに手をつけていないという状況。


 美和も和雲の言葉が本当に今来た所であると解っている。


 しかし例え本当に待っていたとしても同じ様に言葉を交わすのだろう。


 お互いがお互いに気を使う。

 かといって過剰にならない程度のやり取り。


 どうしたらここまでの関係を築けるのかと。


「朝比奈君は、またラーメン食べてる。好きだよね」

「別に良いだろう、寒いし」


「寒くなくても食べてるじゃない、ただ麺類よく食べてるなぁ。って」

「はは、本当にね。それ僕もさっき言ったよ」


「笑うなよ、息が合っていることで」


 そんな様子が可笑しいのか美和は肩まで伸ばした髪の毛を揺らし、弁当を開けている。

 料理は勉強中との事。

 今の所は母親に作って貰っているらしい。


 伸びないうちに食べてしまおう。


 一息に食べ終えると和雲がこちらを見ながら関心した様に言った。


「朝比奈って本当に美味しそうに食べるよね」

「実際美味しいと思って食べてるぞ」


「いや、そうなんだろうけど一緒に食べてると僕ももうちょっと食べようかなって思う位には食べっぷりが良いかな。

 決して下品なわけじゃないし、むしろ丁寧で綺麗に食べてるよ」


「そうね、料理を作ってくれる人は嬉しいんじゃないかしら」

「作ってくれる人いないけどな」

「今後は分からないでしょ」


「物好き過ぎるだろ」

「それが案外ころっと転がされるんじゃないの?」


「そんな人をまな板の鯉みたいに」

「どうして朝比奈君が食べられるのよ」


「美味しそうに育ててガブリと?」

「注文通りに、自分から育っていくなんて殊勝よね」


「さすがに途中で逃げるわ」

「なんで途中から怖い話になってるのさ」


 和雲の声にはっとする。

 盛大に話がそれてた。


 美和がついでとばかりに。


「その髪の毛はなんとかした方が印象良いわよ」


 美和がそう指摘するのは、アゴまで伸びた前髪と後ろで結べそうなほど伸びた髪の毛の事だった。


 好きで伸ばしているのだ。

 放って置いてくれ。


 クライミングの時はさすがに邪魔なので前髪を横に長し、後ろ髪は結んでいる。


 学校では男子が結んでいるのはなんとなく気恥ずかしくそのままにしている。

 

「髪型を変えるだけで、とても良く見えるんじゃない」

「そうだね、姿勢も良いし見栄えも変わってきちんとして見えると思う」


「それはどうも」

「なんだったら後ろの髪だけでも結んでみる?」


 そう言って髪ゴムをこっちに差し出した。


 まるでほれほれと言ってるような調子で揺らしている。


 自分は犬か。


 苦虫を噛みつぶしたような表情をしてしまう。


「やめなよ美和、朝比奈が困ってるよ」

 

 二人の息がぴったりと合っているかと思うと、美和がいきすぎない程度でストップを和雲が掛けた。


 和雲の顔が笑っているので全くもって悪いと思っている節はないが。


 美和が「はーい」と素直に返事をし、食事に戻る。


「何にしても、朝比奈はもっと自信もって良いと思うよ」

「そう言われもな」


 影を落としている自覚があり卑屈になりがちな自分に小言を言う和雲。


 仮に何があったら、髪の毛を整えるのか。

 恋人に何かあったらとか?

 いないし予定もない。


 クライミング関係で何かあったら?

 何があると言うのか。


 思ってもいない事に想像を膨らましても考えるだけ無駄だろう。


 そう思いながら、お昼休みは終わっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る