第8話

「お、お父様! いい加減にして下さい!」


 私は渾身の力を込めて父親の体を押し退けた。前世、母子家庭だった私は父親の温もりを知らない。


 物心ついた時には、もう既に父親はこの世に居なかった。若くして癌に倒れたらしい。


 それからは母ちゃんが女手一つで私を育ててくれた。だからそもそも、男性とのスキンシップにあんまり慣れていないのだ。


 学生時代は家計を助けるため、バイト三昧だったから恋なんてしてる暇なかったし、就職してからはブラック企業で仕事に追われて、やっぱり恋なんて無縁の生活だったし。


 そんで二十歳そこそこで過労死した私は、要するに男性に対する免疫が皆無な訳で。いくら父親とはいえ、こんなイケメンにキスされたらそらもう大変なことになっちゃう訳よ。


「あぁ、ゴメンよ。ちょっとやり過ぎたね」


 やっとキスの嵐が止まってホッとしていたら、今度はギュウッと抱き締められた。厚い胸板が顔に当たり、男性用コロンの香りなのか良い匂いに包まれた私は硬直してしまった。心臓がうるさいくらいドキドキしている。


「本当に心配したんだよ...ドクターは大丈夫だとは言っていたが、僕はもしかしたらこのまま君が目を覚まさないんじゃないかって気が気じゃなかった...リーチェ、また君に会えて嬉しいよ...」


 止めい! そんな甘い言葉を耳元で囁かれたら、ますますドキドキが加速してしまうやろ!


「お父様、心配掛けてゴメンなさい。私はもう大丈夫ですから」


 だからそろそろ離れて欲しい。私の心臓がドキドキで破裂する前に。願いが通じたのか、父親はやっと離れてくれた。


 だが今度は沈痛な表情になって、


「あぁ、リーチェ! 可哀想に...」


 私の額の絆創膏を見詰めた。


「お父様、私は気にしていませんから。お父様もそんなに思い詰めないで下さい」


「リーチェ...」


「それよりかあちゃ...コホン、もとい...お母様の具合は如何ですか?」


 危ねぇ危ねぇ! うっかり母ちゃんって言う所だったよ!


「あぁ、リーナは君が傷物になってしまったことが余程ショックだったみたいでね...寝込んでしまったんだ。後で元気になった姿を見せに行ってくれるかい?」


「分かりました」


 母親の名前はリーナっていうのか。そういやこの父親の名前はなんて言うんだろ? 本人に聞く訳にもいかないし、小説の中でもベアトリーチェの両親の名前なんて出て来なかったからなぁ。


 そんなことを思っていた時だった。


「あなた! クリス! リーチェが目を覚ましたって本当なの!?」


 金髪碧眼の物凄い美女が部屋に飛び込んで来た。


 えっ!? 誰!?

 

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