第2話 結の神

泡沫うたかたと知っていても つかまずにはいられなかった

傷だらけで見た夢は 何よりも輝いて

どこまでも私を魅了する

できるならもっと長く いつまでも

私を離さないでいて


「やっぱ好きだなぁ」

音咲おとさき、またYU-KI聴いてんの? 同じのばっか聴いてて飽きない?」


 毎朝歩く学校までの通学路。

 私、音咲おとさき ゆいが呟いたひとりごとに反応したのは、一条いちじょう れん。一条は保育園からの友達で、幼なじみってやつだ。でも、待ち合わせて登校しているわけじゃないよ? 一条の家はうちの家の近所にあるんだけど、家を出る時間がかぶってるみたいで、偶然よく一緒になる。それだけ。


「この透き通った声、すっごく好き! 全然飽きない!」

「俺は音咲の声のほうがいいと思うけど。そういえば最近おまえ、歌わなくなったな?」


 歌を歌うのは好き。

 ……でも、もう人前で歌うのはやめた。その理由は思い出したくない。だから、私は話をはぐらかすようにして、一条に言い返した。


「一条の歌は……残念だよね、と!」

「比べるなよ! だって音咲の歌は別格べっかくだろ?」


 一条は得意そうに鼻を鳴らした。


(な……! なんで一条がえらそうなの⁉︎)


 一条にさらりと歌をめられたことで、私は嬉しくて恥ずかしくて……けれど、過去を思い出してまた落ち込んで。気持ちがぐちゃぐちゃなまま、反論した。


「お世辞せじはいらないよ……。私はもう、勘違かんちがいはしない」

「は? お世辞せじとかじゃないし……。え? おい!」


 一条がまだ何か言っていたようだったけど、私は過去を思い出して辛くなった。そのままそこにたくなくて、逃げるようにその場を走り去った。



 思えば、小さい頃から歌を歌うことが好きだった。

 

 友達が習ってるから……と、母にお願いして習い始めたピアノは少ししか続かなかったけれど。ピアノを習ったおかげで楽譜が読めるようになったし、上手に音もとれるようになった。すると、私の世界が広がって、色づいた。

 タブレットを介してたくさん歌の動画を見ていた私に、唯一ピタリとハマったのがYU-KI。今から一年前、動画配信サイトに「歌ってみた」動画を上げ、その歌のうまさからまたたに有名になった女の子だ。


(日本人の動画配信者だということはわかっているけど、一切顔出ししていない神秘的しんぴてきな子だし――)


 彼女が同じ日本にいるというだけでドキドキした。学校に向かっていつもと同じ通学路歩きながら、イヤフォンから流れるYU-KIの声に耳をすます。


(こんっっなに素敵な声で最高の歌を歌う人が存在するなんて……!)


 初めてYU-KIの動画を見つけて歌声を聴いたとき、鳥肌とりはだが立ってぶわーっと涙が湧き出てきて。もう、言葉に言い表せないくらいに感動した。私みたいな人はきっと世界にたくさんいる。そうやって人の心を動かせる人はどんな人なんだろうと憧れの気持ちをいだいた。


(こんな歌を、私も歌ってみたい! でも……)


 その心はあるときパキッと音がしてヒビが入った。あとひと押しされれば今にもボロボロに崩れてしまいそうだ。

 

 その瞬間が訪れたのは音楽の“歌のテスト”の時間だった。一人一人課題曲を先生のピアノの伴奏ばんそうで歌うのを、クラスのみんなが見守るという授業の中でのこと。

 そのときの私はYU-KIにあこがれてあこがれて、彼女の存在に少しでも近づきたくて……。毎日家に帰ると自主練習をしていた時期だった。私も彼女のようになれると信じていて、たくさん練習したから自信もあった。だから、音楽の授業は練習の成果を発表し、みんなに私の歌を聴いてもらえるいい機会だと思ったのだ。

 そうして迎えた発表の日。クラスの他のみんなは恥ずかしそうに、聞いている人たちに聞こえないくらいの小さな声で歌っていた。私は“歌うのが恥ずかしい”なんて思わなかったから、自分の順番が来たら思いきり歌った。先生だけでなく、聞いてくれているクラスのみんなにも届くように。

 ミスもせずうまく歌いきれて、大きな拍手をもらった。満足して自席に戻ろうとしたとき、今でも思い出すと辛くなる一言を私の耳が拾った。


『きも……』


 目の前が真っ暗になった。何も伝わらなかっただけでなく、私の歌は、クラスの友人を不快ふかいな気持ちにさせてしまったのだとショックを受けた。


(私は、YU-KIにはなれない。もう、二度と勘違いはしない……)


 私は今にも粉々にくだけそうな心にそうきざみ直した。イヤフォンから流れていたYU-KIの曲を止めて、カバンに収めた。“身のほどを知れ”と言われているような気がしたから。

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