トロイメライ

葵 遥菜

第1話 プロローグ

「一目惚れしたんだ」

「……え? なんて?」


 私は音咲おとさき ゆい。小学六年生。

 いま、同じクラスの男の子から信じられない言葉を聞いたところなんだけど……。聞き間違いかな?

 目の前にいるのは、私が密かに憧れていた彼。胸の辺りからドラムを叩いたみたいな振動が絶え間なく響いてくる。

 

「……いや、正確には?」


 心臓が爆発しそうなほどドコドコいっていて、その音に彼の呟きはかき消された。


(え……。本当に? 結城ゆうきくんが? 私に一目惚れ……⁉︎)


 考えれば考えるほど胸が苦しくなってきて、私は着ていたブラウスの胸元をぎゅっと握りしめた。


「音咲さん、お願いだ……」


 そう言って切なげな表情で私の名前を呼ぶ結城ゆうき 真紘まひろくん。


「どうか、俺の手をとって」


 目の前に差し出された手を、私は信じられない思いでまじまじと見つめてしまった。


「本当に、私でいいの……?」

「きみがいい!」


 まっすぐに私を見つめ、迷わず答えをくれた彼に、それでも私は信じられない思いが勝って頷けないでいた。けれど――。

 

「音咲さんじゃなきゃだめなんだ」


 眉を下げ、懇願するように放たれたこの言葉に、私は完敗した。


「私でよければ……。よろしくお願いします!」


 私がそう返事をして差し出された手をとったときの、結城くんの満面の笑みは私の心に今でも住み着いている。

 だから、そのあと私の大きな勘違いが判明してからも、結城くんの手をとったことを後悔なんてしなかったんだ。


 結城くんが、私の“武器”を心から好きになってくれたことは間違いなかったし。それに、彼は私に新しい世界を見せてくれたから――。

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