第16話『島の子どもたちと、缶蹴り大会 その3』
全力の抗議むなしく、あたしは鬼役にされてしまった。
「いっくぜー! うりゃー!」
先程のお返しとばかりに、
「ぐぬぬ……こうなったら全員捕まえてやるんだから」
地面に缶をセットし、周囲を見渡すも……そこには当然誰の姿もない。
「サヨ、何やってるの?」
……いや、ミミとハナの姉妹猫がいた。
「皆と缶蹴りやってるのよー」
「……空き缶蹴って、何が楽しいんだか」
「色々駆け引きがあるもんなの。一筋縄には行かないし、けっこう面白いのよ」
小声で彼女たちと会話をしていた時、あたしの中にある考えが浮かぶ。
「……そうだ。二人とも、ちょっとあたしと手を組まない?」
「どういうこと?」
「この近くに子どもたちが隠れてるんだけど、どこに誰が隠れてるか、こっそり見てきてくれない?」
「……つまり、私たちに偵察してこいと」
「そーいうこと。報酬は弾むわよ?」
「その内容は?」
「ミミの大好きな銀のフォーク、一缶」
「……わかった」
そう伝えると、ハナはミミを一瞬見たあと、静かに頷いた。どうやら交渉成立のよう。
「だけど、顔がわかる子たちだけだよ」
ハナはそう言うと、普段はほとんど見せない素早い動きで駆け出していく。
さすが、ミミのためとなると動きが違っていた。
その頼もしい背中を見送り、周囲を探る素振りを見せながら、待つことしばし。あたしの近くにハナが戻ってきた。
「商店の裏にユウスケちゃん、向こうの車の陰にナツミとヒナがいたよ」
「ありがとー。まずはなっちゃんたちに猫の餌食になってもらおうかしら」
そう言いながら、あたしは路上に止められた車のほうへと歩いていく。
その直後、あたしの接近に気づいた二人が飛び出してきたけど、足の速さはあたしも自信がある。
「なっちゃんと、ヒナ見っけ! ポコペン!」
「はぁ……二回連続で捕まっちゃった」
「サヨ、足が速いのです……」
「なっちゃんも一緒だったからねー。ヒナには悪いけど、容赦しないわよ」
がっくりとうなだれながら缶の近くに座り込む二人にそう言って、あたしは他の子たちを探しに向かったのだった。
……それからは再びミミとハナの力を借りつつ、確実に皆を捕まえていった。
「……
「猫を使って缶を倒すのは禁止されてるけど、偵察は禁止されてないもの。内緒よー」
「言ったところで子どもたちは信じてくれないだろうけど……ほどほどにしようね」
その戦法に気づいたなっちゃんが苦笑いを浮かべながら言うも、あたしは構わず捜索を続けたのだった。
その後、
「こっちのほうから新也のにおいがする」
「確かめてきて」
「おっけー」
その頃になるとミミもすっかり乗り気で、猫の偵察部隊は二匹体制になっていた。
よーし、このまま新也を追い詰めるわよー。
「どうも、ありがとうございました」
そんなことを考えながら動いていた時、コンビニヨシ子からお客さんが出てくる。
視界の端にちらりと映ったその姿に、あたしは見覚えがあった。
「……あれ、
「え?」
思わず声をかけると、彼女は振り返る。
腰ほどまである長いポニーテールと、それを結う桜色のリボン。春先に島で出会った子に間違いなかった。
「あ、小夜さん、お久しぶりです」
彼女もあたしのことを覚えていたようで、きれいな所作で会釈をしてくれた。
すらっと背が高く、モデルのように整った顔立ち。とてもあたしの一つ年下とは思えなかった。
「久しぶりねー。夏休みだし、島に来てたの?」
「そうなんです。ようやくお母さんが重い腰を上げてくれて……小夜さんもお買い物ですか?」
微笑みを絶やさずに言う彼女の手には、どこか不釣り合いなビニール袋が握られていた。
「へっ? いや、あたしはその……」
「スキありー!」
なんて説明するべきか悩んでいたところに、新也が飛び出してくる。
あたしは完全に虚を突かれ、全く動けず。そのまま缶を蹴られてしまった。
「さすが新也にーちゃん! よし、逃げろー!」
「あー! 皆、ちょっと待ってー! 紹介したい子がいるのー!」
蜘蛛の子を散らすように逃げていく皆に、あたしは慌てて声をかける。この際だし、皆にも春歌ちゃんを紹介しておこう。
「……というわけで、ミミとハナが大好きな柚木春歌さんです」
「皆さん、よろしくお願いします」
あたしたちを含めた島の子どもたちに囲まれながら、彼女は一礼する。
「ねーちゃん、どっから来たんだ?」
「そのリボン、かわいいー」
「そのお洋服、どこで買ったの? 本土のお店?」
直後に子どもたちが群がり、彼女を質問攻めにしていた。
「ほらほら、いっぺんに質問したら春歌ちゃんが困るでしょー。順番にしなさい。それと、皆もちゃんと自己紹介して!」
そんな子どもたちと春歌ちゃんの間に割って入って、あたしは必死に場を落ち着かせる。
「なんだい、その子、小夜ちゃんの友だちだったのかい」
そんな矢先、一連のやり取りを店の中から見ていたのか、ヨシ子さんが不思議そうな顔で表に出てきた。
その場の流れで事情を説明すると、彼女は納得したように頷く。
「そういうことなら、あんたにもこれあげるよ。ほれ」
言うが早いか、ヨシ子さんは持っていた棒アイスを春歌ちゃんに押し付けた。
「え? あ、ありがとうございます……」
それを受け取った彼女は、アイスとヨシ子さんの顔を交互に見て、戸惑いながらもお礼を言う。
「他の子たちも寄っといで。暑い中遊び回って倒れられちゃ、親御さんに申し訳が立たないからね」
「やったー!」
「ボス、ありがとう! 太っ腹!」
「太っ腹は余計だよ。ほら、まずは小さい子からだ」
ヨシ子さんはそう言いながら、他の子やあたしたちにもアイスを配ってくれる。
こうなるともう缶蹴りどころではなく、その場はお開きとなったのだった。
その後は思い思いに遊び回る子どもたちを見守りつつ、あたしは親友たちやヒナを交え、春歌ちゃんとお話をする。
「春歌ちゃん、しばらくは島にいられるの?」
「いえ、今日と明日だけです。お母さんもお仕事があるみたいで」
尋ねてみると、少し残念そうな声が返ってきた。
「そーなのねー。今の時期なら、さくら荘も空いてそうなのに」
「あ、春歌ちゃんが泊まってるの、うちじゃないよ」
なっちゃんのほうを見ながら言うと、彼女は顔の前で手を振りながらそう口にする。
「え、違うの?」
「あ、はい……『ククル』というゲストハウスです。図書館カフェと書かれた建物から、路地を少し入ったところにあるお宿です」
彼女は少し考えてから、そう教えてくれる。
言われてみれば、その辺りに加藤のおばーちゃんのお孫さんが夏限定で始めた宿泊施設があったような気がする。お店の名前までは覚えてないけどさ。
「今度、うちの民宿にも泊まりに来てね。お料理もおいしいし、猫もいるよ」
「そうなんですか? じゃあ、次に来る時はぜひ」
なっちゃんと春歌ちゃんがそんな会話をする一方、男子二人は黙々とアイスを食べていた。
春歌ちゃんはあたしから見ても、まるでモデルみたいにかわいいし、服装も洗練されている。
どうやらこの二人、緊張しているようだ。
そんな二人を横目に、あたしはしゃくしゃくとアイスをかじる。
「やっほー、やっぱりハルカだった」
「……久しぶり」
その時、ミミとハナの声がした。あたしたちから少し離れた場所で、じっとこちらを見ている。
「ねぇ、春歌ちゃんが島に来た目的って、もしかして」
「はい。今日と明日の二日間、めいっぱい、ミミとハナを
心底嬉しそうに言って、彼女は先程までとは違う無邪気な笑顔を見せてくれる。
そして離れた場所にいたミミたちに歩み寄ると、洋服に毛がつくのも気にすることなく、満面の笑みで抱きかかえたのだった。
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