第13話『島の祭りと、花火大会 その4』


 お腹が膨れたあとは、花火までの時間を射的や輪投げといった定番の遊びをして過ごす。


 射的では、新也しんやがなっちゃんに良いところを見せようと張り切っていたけど、見事に空回り。


 残念賞として渡されたキャラメルを見つめる新也の背中には、哀愁が漂っていた。


「とりゃー! あー、おしい」


 次に輪投げに挑戦するも、これまた一筋縄にはいかない。


 浴衣の袖を上げて気合を入れたものの、狙った景品からわずかに外れた。


小夜さよちゃん、手首のスナップを利かせて輪っかを水平に回転させながら投げればいいんだよ。そうすれば安定するから」


 何度目かわからない失敗のあと、隣にやってきた裕二ゆうじがそんなアドバイスをくれる。


 ……どうせなら、やる前に教えてほしかった。


「むー、そう言うなら裕二がやってみなさいよ」


「え、僕?」


「それだけ自信満々に言うんだし、さぞかしうまいんでしょ?」


 少し悪戯っぽく言うと、彼は一瞬たじろぐ。


「い、いいけど……どれがほしいのさ」


「端っこのアレ」


「猫のぬいぐるみ?」


「そう。なんかあの猫、トリコさんっぽくない? しっぽの部分がフックになってて、色々な場所に引っ掛けられるっぽいし」


「わ、わかった。小夜ちゃんがほしいんなら、狙ってみるよ」


 裕二はそう言うと、代金を支払って輪っかを三つ受け取る。


「こうスナップを利かせて……えい!」


 ……勢いは良かったものの、大暴投だった。あやうく店番のおじさんを直撃するところだ。


「全然安定してないじゃないのよー」


「お、おかしいな……もう一回。えい!」


「いてっ!?」


 続く二投目は途中ですっぽ抜け、隣にいた新也の頭を直撃した。


「こら裕二、俺は景品じゃねーぞ!」


「ご、ごめん」


 頭をさすりながら憤慨する新也に謝ってから、裕二は次の輪を投げるも……ぬいぐるみの頭に当たって弾き返された。


「最後は惜しかったねー。ほい、残念賞」


 外れた輪を回収しつつおじさんが言い、ラムネ菓子を渡してきた。


「……おじさん、もう一回」


 手渡されたラムネ菓子をなんともいえない表情で眺めたあと、裕二は再び代金を支払った。


「え、もういいわよ?」


「ううん、もう少しでコツが掴めそうなんだ」


 あたしはそう口にするも、彼は新たな輪っかを受け取りながら、真剣な顔で言う。


 裕二って気弱なイメージがあるけど、こういうゲームでは熱くなるタイプなのかしら。


 そう考えている間にも、彼は輪っかを投じる。先程と似た軌道を描くも、惜しくも外れた。


「うぅ……もう少しなんだけどなぁ」


 首を傾げながら投じた二投目も外れ、ラストの三投目。


「……あ、入った」


 その輪っかの行く末を見守っていたあたしと裕二の声が重なる。


「や、やったー!」


「ほい、おめでとさん」


 拳を突き上げた裕二とは対照的に、おじさんは無感情な声で言い、ぬいぐるみを彼に手渡した。


「小夜ちゃん、これ、あげるよ」


「あ、ありがと……」


「はっはっは、これで彼女さんに面目が立ったね」


 どこか誇らしげな裕二からぬいぐるみを受け取った直後、店番のおじさんが笑顔でそう口にする。


「か、彼女!? そんなんじゃないですから!」


 全力で否定するも、妙に恥ずかしい気持ちになったあたしは、逃げるように出店をあとにしたのだった。


 ……この人ってば、何を勘違いしてるのよ。まったくもう。



 それからしばらくすると、もうすぐ花火が始まるという放送があり、ちょうちんや出店の明かりが落とされる。


 おそらく、人工の光で花火を邪魔しないための配慮だろう。


 あたしたちは手頃な防波堤の上に陣取り、五人で空を見上げる。


 一瞬の静寂のあと、夜空を覆い尽くすような巨大な菊型花火があがった。


 それを皮切りに、赤や緑、黄色の花火が次々に花開いていく。


「おおー、すごいのです! きれいです!」


 ヒナは前のめりになりながら花火に見入る。漆黒の空に色とりどりの花が咲くたび、彼女も笑顔の花を咲かせていた。


「わぁ、今年もすごいね」


「いつもより気合入ってるんじゃないのー? 猫たちは逃げ惑ってそうだけど」


「今日だけはしょうがないよ。少しの間、我慢してもらわなきゃ」


 視線を上げたまま、なっちゃんとそんな会話をする。


 今頃、しまねこカフェの中は大騒動になっているに違いない。


「……花火さ、来年もみんなで見たいよね」


 そんなことを考えていた矢先、裕二がそう呟く。


 それは何気ない言葉だったけど、あたしは妙な切なさを覚えた。


 季節はまた巡ってくるけれど、同じ夏は、二度とない。


 その願いが叶うという保証も、どこにもないのだ。


「小夜ちゃん、あのさ……ぼ……」


 思わず感傷的になっていると、裕二が何か言っていた。


 その声は花火の音にかき消され、ほとんど聞き取れなかった。


「え、なに?」


「……ううん。なんでもない。それ、大事にしてね」


 反射的に視線を下げると、彼はそう言ってトリコさん似のぬいぐるみを見る。


「わかってるわよー。あれだけ熱くなってる裕二、初めて見たかも」


 そのぬいぐるみの頭に触れながら、笑顔で言葉を返すも……彼はなぜか顔を伏せてしまった。今日の裕二、なんか変よねぇ。


「お、スターマイン始まるぜ」


 不思議に思っているところに新也の声が飛んできて、視線を空に戻す。


 そして間髪入れずに打ち上がった花火に、あたしたちは歓声を上げたのだった。


 ……佐苗島さなえじまの夏が、少しずつ、確実に過ぎ去っていく。


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