第二章『しまねこと、夏を連れた旅人』
第1話『佐苗島の夏と、小夜の秘密』
あたしは
あたしには島の猫と話すことができる、不思議な能力がある。
夏休みも近づいたある日曜日、あたしは親友の三人をしまねこカフェに呼び寄せた。
その目的は、この不思議な力について、彼らに打ち明けることだった。
「……というわけで、あたしは猫と話すことができるの」
カフェにお客さんがいなくなったタイミングを見計らい、ここだけの話なんだけど……と前置きした上で、親友たちとヒナにこの秘密を話して聞かせた。
彼らは真剣に耳を傾けてくれ、時折感心するように頷いていた。
「……小夜ちゃんってやけに猫と仲がいいと思ってたけど、そんな不思議な力があったんだね」
「サヨ、すごいのです!」
「……そういうのって小説の中だけかと思っていたけど、実際にあるんだね」
「本当だよなー。なんか昔、そういう映画あったよな。キャットトゥーザフューチャーだっけ?」
正直、不安でいっぱいだったけど、彼らはすぐにあたしの話を信じてくれた。
それこそ、拍子抜けするほど、あっさりと。
「皆、信じてくれるの? 変な子に思ったりしない?」
「まぁ、小夜がそんな冗談を言うヤツじゃないってことは、俺たちがよくわかってるしさ」
「はぁぁ……ここ数日、さんざん思い悩んでたあたしの気苦労は何だったのよ……」
「どうやら杞憂だったみたいだね……小夜ちゃん、元気出してよ」
「ところでさ、今はネネ、何か言ってるのか?」
なっちゃんの膝の上で眠るキジ白のオス猫に視線を送りながら、新也が興味津々に訊いてくる。
それに釣られるように、全員の視線がネネに集まった。
「シンヤ、昼寝の邪魔しないでほしいネ。ナツミの膝が羨ましいのはわかるけどさ」
「……昼寝の邪魔するなってさ。なっちゃんの膝、羨ましいだろうって」
「べ、別に羨ましくなんかねーし!」
ネネの言葉をそのまま伝えると、新也は動揺を隠すように声を荒らげる。
……あたしに向かって言わないでよ。言ってるのはネネなんだから。
「ネネ、あとで代わってねー」
そう考えていた矢先、和室にいくつも置かれた座卓の一つから声がした。
見ると、その下にキジ猫の子がいた。ココアだ。
「あんたねー。なっちゃんは忙しいの。裕二の膝じゃダメなの?」
「硬いからダメだよー」
「……小夜ちゃん、僕の名前が出てたけど、ココアはなんて言ったの?」
「裕二の膝は硬いから嫌だって」
「えぇ……ココア、ひどいなぁ。時々、餌もあげてるのにさ」
「ココア先輩、ヒナのお膝にどうぞ!」
「わーい!」
そのやり取りを見ていたヒナが笑顔で自分の膝を指し示すと、ココアは喜んで彼女の膝に飛び乗る。
それを見た裕二は、がっくりとうなだれていた。
……そんな彼らを見ていたあたしは、思わず吹き出してしまう。
「え、小夜ちゃん、どうしたの?」
「いやー、皆の反応見てたら、これまでひた隠しにしてた自分が馬鹿らしくなっちゃって」
「それはしょうがないよ。わたしだって、そんな不思議な力があったら戸惑っちゃうもん」
思わず頭をかきながらそう口にすると、なっちゃんはそんな言葉をかけてくれた。
「……とても、すてきな力だと思うよ」
そして屈託のない笑顔で言って、膝上のネネの背中を撫でた。
こんな突拍子もない話をすぐに信じてくれた皆に、あたしは心の底から感謝したのだった。
◇
それから日が経ち、一学期の終業式を迎える。
「それじゃ皆、楽しい夏休みをね」
「はぁ……」
喜び勇んで教室を後にする低学年の子たちを見ながら、あたしとなっちゃんは出された宿題の山を前に、頭を抱えていた。
「……高畑先生、今年は気合が入ってるね」
「本当よねー。この宿題の量なに? まさに猫の手も借りたいんだけど」
「わたしも借りたいかも。民宿の予定表見たけど、ぎっしり埋まってて……今年の夏休み、遊べるかなぁ……」
「うちも今年の夏は簡易宿泊所をやるっておじーちゃんが言ってた。不安しかないわ」
さすがになっちゃんの家ほどの忙しさはないと思うけど、まぁ夏休みだし。カフェと合わせて、たくさんのお客さんがやってくることだろう。
「それこそ島ルールで、家業を手伝う子は宿題の一部を免除! なーんて……」
「あったらいいよねぇ。そんな制度」
苦笑するなっちゃんとあたしの横を、新也が「よっしゃー! 夏休みだー!」なんて叫びながら通り過ぎていく。
なっちゃんと顔を見合わせ、男の子って、気楽でいいわねー……なんて呟いたあと、あたしは窓の外を見る。
ちょうど、赤と白の独特な縞模様をした船が、銀色に輝く海上を滑るように島の港に入ってくるところだった。
気がつけば、教室に残る生徒はあたしたちだけで、蝉しぐれが一層大きく聞こえた。
――
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