第16話『島の閑散期と、猫を探す少女』


 捨て猫騒動も落ち着いた6月下旬。とある日曜日の昼下がり。


 あたしはヒナや島猫たちと、しまねこカフェでまったりとした時間を過ごしていた。


 というのも、6月は雨が多くて天候が安定しないこともあり、12月に次いで観光客が少ないのだ。


 お店を開けてはいるものの、開店休業状態だった。


 おじーちゃんもそれをわかっているのか、本土に買い物に行っている。戻るのは最終便になるだろう。


「ぐーりぐーり、ぐーりぐーり……」


「うわああ……気持ち良すぎるネ……」


「ヒナー、次はボクだよー?」


 和室でヒナに背中を撫で回されるネネやココアを横目に、あたしはテラス席で本を読む。


 この時期特有の、たっぷりと湿気を含んだ風が流れてきて、裕二ゆうじから借りた文庫本のページも重い気がした。


「あのー、すみませーん」


 ……すっかり気を抜いていたタイミングで、カフェの入口から声がする。


 観光客が少ないと言っても、まったく来ないわけではない。あたしは素早く栞を挟んで本をとじると、営業スマイルで来客を迎えた。


「いらっしゃいませー……って、あれ?」


 するとそこには、一人の少女が立っていた。


 服装からして、どう見ても島の人間ではないのだけど、あたしはその顔に見覚えがあった。


「……どうかしましたか?」


「い、いえいえー。この時期にお客さんは珍しいので。いらっしゃいませー」


 素に戻っている自分に気づき、もう一度営業スマイルを浮かべる。少女は一瞬戸惑いの表情を浮かべたあと、言葉を続けた。


「あの、こちらに島の猫に詳しい人がいると聞いてきたんですが」


 そう言いながら、彼女はカフェの中に視線を泳がせる。どうやらそれらしい人を探しているようだった。


「あー、たぶん、あたしのことだと思います。島猫ツアーもやってますし……どうしました?」


「実は、探している猫がいるんです。先月から、ちょくちょく探しに来ているんですが見つからなくて……」


 次第に尻すぼみになる声を聞いていたとき、あたしはあることを思い出した。


「先月も……? あ、もしかしてゴールデンウィークに港の駐車場にいませんでした?」


 モデルのように整った顔立ちとポニーテール、なにより特徴的なリボン。思い返してみれば、先日、港の駐車場で見かけた子で間違いないかった。


「そ、そうです。お姉さん、見てたんですか?」


「あの駐車場、特に何があるわけでもないので、どうしても目についちゃったんですよー。車の下を見ていたので不思議に思ってたんですが、猫を探してたんですねー」


 思わずそう口にすると、彼女は恥ずかしそうに顔を伏せる。その拍子に、額に汗が光っているのが見えた。


 ……ひょっとして、今日も目当ての猫たちを探して島の中を歩き回っていたのかしら。


「あー、立ち話もなんですし、中でお話しませんか? どうぞ、上がってください」


 そう考えたあたしはそう言って、彼女を和室へと誘った。


  ◇


 座卓についた彼女に麦茶を出してあげると、柚木春歌ゆずき はるかという名前と、今年中学生になったばかりだということを教えてくれた。


「は、春歌さん、あたしより年下なのね……」


 ヒナと一緒に自己紹介をしたあと、思わずそんな言葉が口をついて出る。


 それくらい、彼女は大人っぽく見えたのだ。


「はい。年下なので、そんなかしこまらないでください。呼び捨てでも構わないので」


 無垢な笑顔のまま、やけにへりくだって言う。


 さすがに呼び捨ては悪いので、ちゃん付けで呼ばせてもらうことにした。


「それで、春歌ちゃんはどんな猫を探してるの?」


「はい。茶白の子と、サビ猫の子の姉妹猫で……元気なら、今はたぶん7歳くらいだと思うんですが」


 ……話を聞いてみると、その説明はえらく具体的だった。


「ここに島の猫たちの写真があるんだけど、その子たちってこの中にいる?」


 そう言いながら、和室の壁に貼られた猫たちの写真を見てもらう。


 その会話からだいたいの目星はついていたけど、念のためだ。


「そうですね……えーっと……この子と、たぶんこの子です」


 春歌ちゃんは一通り写真を眺めたあと、ミミとハナが写った写真を指差した。


「ミミとハナを探してるのねー。お気に入りの子なの?」


「お気に入りというか、なんというか。ミミとハナという名前なんですね」


 何の気なしに尋ねると、彼女はそう言葉を濁した。名前も今初めて知ったようだし、いわゆる推し猫というわけではなさそうだ。


 あたしはわずかな疑問を抱きながらも、彼女をミミとハナに会わせてあげることにしたのだった。

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