第9話『島の情報網と、コンビニヨシ子』


「朝ごはん、できたわよー」


 ……日曜日の朝食はあたしの担当だ。


 今朝はもらいものの卵を使った目玉焼きをメインに、野菜のおひたしと味噌汁を用意した。


 それを食べながら、おじーちゃんに村長さんから電話があったことや、今日はヒナに島の中を案内することを伝える。


「それはいい考えだね。ヒナにも佐苗島さなえじまのことを知ってもらいたいし」


「そうでしょ? でも二人だけだと寂しいから、なっちゃんも誘ってみようかと思うの」


「……ナッチャン?」


 その時、ヒナが首を傾げながら会話に入ってきた。


「あたしの友だちの女の子なの。きっとヒナも仲良くなれるわよ」


「そうなんですね。楽しみです!」


 彼女はそう言うと、ケチャップのかかった目玉焼きを心底幸せそうに頬張った。


 やがて食事を済ませると、あたしはすぐにさくら荘に電話をかける。


小夜さよちゃん、おはよー。日曜日なのにどうしたのー?」


 呼び出し音のあと、電話の向こうからまだ眠そうなあくびまじりの声が聞こえた。


「いきなりごめんね。実は今日、一緒に島を案内してほしい子がいるんだけど、時間ある?」


「……あ、それってもしかして、昨日来たっていう親戚の子?」


「そうだけど……なっちゃん、なんで知ってるの?」


「え、朝ごはんのとき、お母さんから聞いたんだけど」


 なっちゃんは当然のようにそう答えた。


 てっきり裕二ゆうじ新也しんやから聞いたのかと思ったけど、どうやら違うらしい。


「ヒナちゃん、っていうんだよね。どんな子なのか、楽しみだなぁ」


 ……なぜか名前まで知っていた。さすが光回線も凌駕する島民の情報網だ。


「そうだ。島を案内してあげるのもいいけど、まずは他の子どもたちに紹介してあげない?」


「え? それは構わないけど……」


「じゃあ、言い出しっぺのわたしが皆に連絡しておくね。場所はコンビニヨシ子で、時間は11時くらいでいい?」


 どこか弾んだ声のなっちゃんにそう提案され、あたしは若干気圧されながらそれを了承したのだった。


  ◇


 ……それから準備を整えて、約束の時間より少し早めに港へと向かう。


 なっちゃんと合流する前に、港周辺だけでも案内してあげようと思ったのだ。


「……どこ行くの? おでかけ?」


「おお、その子が噂の女の子ですな。真っ白で可愛らしい」


 しまねこカフェを出て石垣と低い屋根に挟まれた路地を歩いていると、屋根の上にいた二匹の黒猫が声をかけてくる。


 この子はビビちゃんと姫香。しっぽの長さくらいしか違いがないので、島民ですら間違う人が多いのだ。


 ……まぁ、あたしは話ができるから、絶対に間違えることはないのだけど。


「この島、本当に猫さんだらけですね!」


 有名な猫のキャラクターが描かれた服を着たヒナは、そう言って瞳を輝かせる。


「そうでしょー。具体的な数は忘れちゃったけど、百匹くらいはいるはずよー」


 そんな話をしながら歩いていると、あっという間に港へたどり着いた。皆がコンビニヨシ子と呼ぶ吉田商店は、この港にある。


「あれが漁協の建物でね。こっちにあるのが郵便局。向こうが診療所と集会所を兼ねた建物で……」


 お店に向かって歩きながら、ヒナにそう説明してあげる。


 いつしか霧も晴れていて、11時前の船でやってきたらしい観光客が港の周りを行き交っていた。


 その中にヒナを知っていそうな人がいないか見てみるも、特にそれらしい人は見受けられなかった。


「サヨ、あの青い建物はなんですか?」


 その時、ヒナが住宅地の奥に見える建物を指差しながら訊いてくる。


「あれは学校よー。有名なデザイナーさんが作ったらしいの。変わってるでしょ?」


「そうですね。学校だとわかりませんでした!」


 彼女は背伸びをしながら、目の上に手をかざして遠くを見るような仕草をする。その銀色の髪が、港からの潮風に揺れた。


 ひょっとすると、この子は外国の血が入っているのかもしれない。その容姿もそうだけど、言葉がカタコトになることもあるし。


「あ、早いね。もう来てくれたんだ」


 そんなことを考えていた矢先、背後から声をかけられる。


 振り返った先になっちゃんが立っていて、笑顔で手を振ってくれていた。


 今日の彼女は白のロングTシャツと紺のワイドパンツ姿で、動きやすそうな服装だった。


「あ、その子がそうなんだね。ヒナちゃん、こんにちは」


 そしてヒナの姿を確認したなっちゃんは両膝に手をついて、彼女と目の高さを合わせながら声をかける。


「ヒナ、この子がなっちゃんよ。あたしの幼馴染なの」


「ナッチャンさん、よろしくです! ヒナです!」


「あはは、夏海なつみでいいよー。お人形さんみたいでかわいい。よろしくねー。ヒナちゃん」


 深々と頭を下げるヒナを微笑ましく見て、なっちゃんは陽だまりのような笑顔を見せた。


「他の子も呼ぶって言ってたけど、もうコンビニヨシ子に行ってるの?」


「うん。新也くんに声をかけたら、裕二くんと協力して子どもたちを集めてくれるって」


 お店のある方角へ歩きながら尋ねると、そんな言葉が返ってくる。


 ……新也ってば、なっちゃんから頼まれると俄然やる気を出すのよね。理由は大体予想ついてるけどさ。

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