第10話『子どもたちと、島の社交場』


 ……港から道を一本入ったところに、小さなお店がある。


 これがコンビニヨシ子で、駄菓子から日用品、生鮮食品まで扱っている商店だ。


 島民専用というわけではないのだけど、路地裏にあって分かりにくく、看板も小さいので旅行者は気がつかないことが多いのだ。


「あ、夏海なつみねーちゃん、小夜さよねーちゃん!」


「やっと来たー! 待ちくたびれたよ!」


 先に来ていた子どもたちが、開け放たれたガラス戸の奥からぞろぞろと出てくる。その中に、新也しんや裕二ゆうじの姿もあった。


 見た限り、島の子どもたち全員が集まっているよう。いくらなっちゃんの頼みとはいえ、新也もよくここまで集めたものだ。


「お前が小夜ねーちゃんのシンセキか!?」


「かわいいー。どこからきたのー?」


「何年生?」


 子どもたちはヒナの存在に気づくと、我先にと群がり、彼女を質問攻めにする。


「昨日の夜、村長から電話があったけど……親戚の子って扱いになったのか?」


「僕のところにもだよ。なんか、小夜ちゃんも色々大変だね……」


 その喧騒に隠れるようにして、昨日ヒナの救助を手伝ってくれた男子二人が声をかけてきた。


「そうなんだけど……まぁ、なるようにしかならないわ。何かの縁だと思って、二人も協力してよね」


 揃って心配顔をする二人に、おじーちゃんの言葉を引用しつつそう伝えた。彼らは一瞬だけ顔を見合わせて、笑顔で頷いてくれた。


「こらお前ら、一斉に話しかけんな! びっくりしてるだろ!」


 やがて新也がそう言って、子どもたちの輪の中からヒナを救い出す。


 戸惑った表情を浮かべたままの彼女にひと声かけてから、あたしは子どもたちにヒナを紹介する。


「ヒナです! よろしくです!」


 その人の多さに、さすがのヒナも少し緊張していた様子だったけど、しっかりと挨拶していた。


「しばらく佐苗島さなえじまで暮らすことになるから、よろしくねー」


「皆、仲良くしてやってくれよー!」


「はーい!」


 あたしに続いて新也がそう口にすると、子どもたちは元気に声を揃えた。


 新也はよく下級生たちの面倒を見ているし、男の子ということもあって、こういうときはやっぱり頼りになる。


「……おやおや、その子が新しく島に来た子かい」


 再びヒナを中心に子どもたちの輪が作られる中、店の奥からヨシ子さんがのっそりと現れた。


 白髪まじりのショートカットヘアに、ふくよかな体にあった大きなエプロンをした彼女はこの店の店主で、本名は吉田ヨシ子。子どもたちからはヨシ婆とか、ボスとか呼ばれている。


「このコンビニのボスだ。おっかないんだぜ」


「誰がおっかないんだい。初めて来た子には駄菓子を一つサービスだよ。ほれ、好きなのを選びな」


 ヨシ子さんはぶっきらぼうに言って、顎で商品棚を指し示す。


「ボスさん、ありがとございます!」


 その意図を理解したのか、ヒナはきちんとお礼を言ってから、色とりどりの駄菓子が並ぶ棚へ小走りで向かっていった。


「えー、いいなー」


「あんたらは母ちゃんから小遣いもらってきてるだろ。それで買いな」


 何人かの子どもたちが羨望のまなざしでヒナを見るも、ヨシ子さんはばっさりと切り捨てていた。


 お客相手でもまったく愛想がない、この人はそういう人だった。


「……そうだ。シンちゃん、お取り寄せの品が届いてたよ」


 そんなことを考えていると、ヨシ子さんが思い出したように新也に声をかける。


「ヨシ婆、俺もう中学なんだぜ? その呼び方はやめてくれよ……」


「ふん。そう言うなら、あんたこそ呼び方を変えるんだね」


「……お取り寄せってなんですか?」


 ヨシ子さんと新也がそんな会話をしていると、ヒナは商品棚から蒲焼五郎を選び取りながら、不思議そうな顔をした。


「ふふふ、ヒナちゃんにはまだ早いよ」


 ヨシ子さんは意味深に笑い、店の奥から小さな段ボール箱を運んでくる。


 『お取り寄せ』はこの吉田商店独自のシステムで、島ではなかなか手に入らない珍しい品物を購入できるのだ。


 それなりの手数料が必要だけど、利用している人は多い。


「……新也くん、何買ったの?」


「ほ、本だよ」


 なっちゃんに問われた彼は視線をそらしながらそう口にする。


 ……新也が本? 裕二ならわかるけど。


「送料込みで3000円。びた一文まけないよ」


「きょ、今日は手持ちがないから、また今度にするよ」


 その金額も、本にしては地味に高かった。


「年頃の男子中学生が買う高い本……まさか」


 思わずそう口にすると、隣のなっちゃんが両手で口元を覆い、顔を赤くした。


「ち、ちげーよ! 帽子がついてくるんだよ! 妙な想像すんなよ!」


 それを見た彼は慌てふためきながらそう説明する。


 その後の話によると、どうやら愛読している釣り雑誌に限定付録として釣具メーカーのロゴが入った帽子がついてくるらしい。


 猫たちの影響で耳年増になっているせいか、つい、変な想像をしてしまった。


「そ、そんなのあるんだねー。新也くん、釣り好きだもんね」


 どこか安心したようになっちゃんが言う。


 ……それにしても、男の子の趣味ってわからない。


「僕もよくここで本を注文するよ。ネット通販だと、送料が本より高くなるからさ」


 いまだ居心地悪そうな新也を庇うように、裕二がそう口にした。


 佐苗島は離島だから、送料は本土の比じゃない。一冊の本を島に送るのに、本体価格の数倍の送料がかかるなんてザラなのだ。学生にとって、その金額はあまりに痛い。


「祐二、読書家だもんねー」


「家が図書館みたいなもんだしなー。夢は作家なんだろ?」


「ま、まだ趣味で書いてるだけだよ。とても見せられるもんじゃないし」


 新也と一緒になっておだてるように言うと、裕二はメガネの位置を整えながら顔をそむけた。


「なんか賑やかだねー」


「あ、猫が来た!」


 その時、子どもたちの中の誰かが叫ぶ。見ると、数匹の猫がこっちにやってきていた。


「ミミとハナねー。その後ろにいるのはみゅーちゃんよ。こっちまで来るなんて珍しいわねー」


「……この時期は猫好きの観光客が多いから、港に行けばごちそうがもらえるかと思って」


 あたしの言葉に対し、みゅーちゃんが日陰に座りながらそう答えた。


 あんたは村長さんから毎日良いものもらってるでしょー……なんて言葉が喉まで出かかるも、必死にそれを飲み込んだ。


「みゅーちゃん、イカ太郎食うかな?」


「こーら、猫に駄菓子はあげちゃダメよ」


「そうだよ。猫たちにはこれをやりな」


 とっさにそう注意したとき、ヨシ子さんが商品棚の下から大量のちょ~るを取り出した。


 彼女はぶっきらぼうだけど、かなりの猫好きだ。かつては白猫を飼っていた……なんて話を聞いた覚えもある。


「これは猫のゴハンなんですか?」


「そうだぜー。ここをちょん切って、少しずつ出すんだ」


 ヒナと年が近そうな男の子がちょ~るを手にして、お手本を見せていた。


 ……この島は子どもが少ないけど、その分、外から来る子を受け入れるのが早い。


 これなら大丈夫そうだと、すっかり打ち解けた様子のヒナを見ながら、あたしは安堵したのだった。

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