第5話『島の灯台と、謎の少女』
駆け足で路地を進むも、前を行くはずの女の子の姿は見当たらなかった。
「むー、いないわねー。小さな子だったのに、こんなに足が速いの?」
首を傾げながら、歩みを速める。ここまで一本道だから、脇道に逸れる可能性はほぼないはずだ。
……やがて民家が消え、周囲はうっそうとした森と、段々畑ばかりになってくる。
島の北側にある目立った建物といえば文化財の灯台くらいで、あとは森と畑ばかりだ。
時期によっては水仙の花が咲いていたり、キャンプ目的の人が来たりするのだけど、今はどの時期とも外れていて、人の姿は皆無だった。
また、こちら側にはイノシシがよく出るということもあって、猫たちもほとんど来ない。
なので、彼らに女の子が来たかどうか尋ねることもできなかった。
◇
……結局その姿を見つけることができぬまま、灯台までやってきてしまった。
百年以上前に作られた
「はぁっ……いない……あの子、どこ行ったのかしら」
あたしは息を整えながら、ゆっくりと灯台へと近づいていく。
海岸側を背の低い塀に守られた灯台の前には石畳の広場があって、その中心に管理室を兼ねた小さな建物が建っている。
その向こうには浜辺があり、今にも海と島々の間に消えようとする太陽が辺り一面をオレンジ色に染めていた。
そんな景色を見ながら歩いていると、灯台の陰に先ほどの少女が倒れているのを見つけた。
「え、ちょっと、大丈夫!?」
急いで駆け寄って、その小さな体を抱きかかえる。
「こ、こんなところでどうしたの!? ちょっと、ねぇってば!」
「うぅん……」
あたしの声かけに反応してくれるも、少女はぐったりしていた。心なしか、体が少し熱い気がする。
人を呼ばないと……と考えるも、この時間は灯台の管理人さんも帰ってしまっているよう。すでに管理室の明かりは消されているし、移動用の軽トラックも見当たらない。
かといって、あたしは携帯電話を持っていないし、どうすればいいの。
女の子を胸に抱いたまま、あたしはおろおろするばかり。
猫の手も借りたいのに、こういうときに限って猫はいない。
「……小夜、何やってんだ? その子は?」
思わず涙目になっていると、背後から知った声がした。
見ると、そこには幼馴染の男子二人が立っていた。
「あ、あんたたち、なんでここにいるの?」
「なんでって……釣りだよ。
安心感からか、脱力しながらそう口にする。そんなあたしに、
そういえば、灯台の近くは釣りの穴場だ……と、新也が言っていた。まさか、ここで釣りをしているなんて思わなかった。
「それより、その子どうしたんだよ。具合悪そうだけど、
釣り道具を地面に置いてから、新也が心配そうに女の子の顔を覗き込む。
「違うけど……この子、体が熱いの。あんたたち、水分持ってない?」
「水って言ったって、俺たち、水筒はどっちも空っぽだよ。キャンプ場の水道、使えたっけかな」
二人が肩から下げた水筒に目をやりながら言うも、そんな言葉が返ってきた。
それから水道の確認に向かう新也を目で追っていると、近くに佇む自動販売機が目に入る。
……そうだ。ここには自販機があった。普段使わないから、すっかり忘れていた。
「祐二、そこの自販機でジュース買って!」
「ええっ、僕なの!?」
「あたし、お金持ってないのよ! 麦茶でいいから、お願い!」
「わ、わかった!」
祐二は持っていた釣り道具を放り投げると、ばたばたと自販機へと駆け寄る。
「小夜ちゃん、これでいい?」
「ありがと! お金、後で返すから」
そして彼から麦茶を受け取ると、その栓を開けて女の子の口元へと持っていく。
……けれど、意識が混濁しているのか、その子はあまり飲んでくれなかった。
「か、体を冷やすなら、わきの下にペットボトルを挟んだらいいよ。前に読んだ本に書いてたんだ」
その様子を見ていた裕二がそう言い、あたしはその指示に従う。
それと時を同じくして、水道に向かった新也が戻ってきた。
「水が出たから、タオル濡らしてきた。これ、首に巻いてやったらいいんじゃないか?」
「新也、ありがと!」
彼が差し出してきたタオルを受け取り、女の子の首に巻いてあげる。
……これで少しは良くなってくれるといいんだけど。
◇
それからしばらくすると、女の子の熱は嘘のように引き、呼吸も落ち着いた。あたしたちは胸をなでおろす。
「よかったー。それじゃあ、連れて帰りましょうか」
心の底から安堵したあと、男子二人の顔を見るも、彼らは目をパチクリさせ、顔を見合わせる。
「連れて帰るって、その子をか?」
「当然でしょー。こんなところに置き去りになんてできないし、しまねこカフェまででいいから背負ってあげて」
「ぼ、僕たち二人で背負うの!? 小夜ちゃんは?」
「なんであたしも頭数に入ってるのよー。男の子なんだから、頑張って! 釣り道具は持ってあげるから!」
そう伝えると、男子二人はもう一度顔を見合わせ、深い溜め息をついた。
「……わかったよ。こうなったら通りかかった船だもんな」
「それを言うなら、乗りかかった船だよ。よいしょっと……」
新也にツッコミを入れながらも、裕二は女の子を背負ってくれる。
それを確認して、あたしも地面に置かれた釣り道具を手にし、住宅地までの長い道のりを歩き始めたのだった。
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