第2話『お花見と、神社三兄弟』
「ねえサヨ、今日は何かあるの? 朝から神社が騒がしいんだけど」
とある日曜日。あたしは神社の石段を上っていた。
並走するのは、この辺りを縄張りにする茶トラ三兄弟のうちの二匹だ。
「今日はお花見なのよー。しばらく賑やかだろうけど、我慢しててね」
「いいよー。あとで何かちょうだいね」
彼らはそう言うと、あたしを追い越して境内の中へと消えていく。
……春の恒例行事と言えば、お花見。
島民にとってもそれは楽しみの一つで、今日は神社で大規模なお花見が開催されていた。
発起人は
「……あ、小夜ちゃん来たよ」
「おーい、小夜ちゃん! こっちだぞー!」
石段を上って境内に入ると、満開の桜の下にいくつも人の輪ができている。
その中の一つから、手を振る哲朗さんたちの姿が見えた。
「今日はお招きありがとうございます! これ、おじーちゃんからです!」
ビニールシートに座るなっちゃんの家族に挨拶をしながら、あたしは缶ビールとおつまみを差し出す。
「あらあら、
「そうだぞぉ、敏夫さんには世話になってるから、変な気遣いは不要だ!」
それを受け取るのは
「それじゃ、小夜ちゃんも来たことだし、乾杯!」
言うが早いか、哲朗さんはカップのお酒を取り出して乾杯の音頭を取る。
あたしもなっちゃんからジュースを受け取って、急いでそれに加わった。
この哲朗さん、普段から民宿と漁師の二足のわらじを履いていることもあって、屈強な体つきだ。いかにも島の漁師って感じで顔は強面、加えてそり頭で、声も大きい。
そんな見た目に反して猫が大好きで、民宿の周りに猫の餌場を用意してくれている。
なっちゃんたち家族が経営する民宿――さくら荘はしまねこカフェからも離れているので、猫たちの第二の拠点となっているのだ。
「
……だけど猫以上に、哲朗さんはなっちゃんを溺愛している。
その溺愛っぷりは周りの人間はおろか、なっちゃん本人すら引くほどだ。
……現に、今も引いている。
「あのー、そろそろ民宿、忙しくなるんですか?」
なっちゃんが視線で助けを求めてきたので、あたしはそんな質問をしてみる。
「んー、本気で忙しくなるのはゴールデンウィークからだなぁ。今は民宿が半分、漁が半分ってとこだ」
哲朗さんはあたしに向き直ると、カップ酒を一口飲む。
……もっとも、タコ漁の解禁は5月からなので、今は去年のタコを冷凍したものを使っているそうだ。
「おっと、小夜ちゃんにも良いところを取ってやらないとな。たんと食えよぉ」
「え? あ、ありがとうございまーす」
努めて笑顔で言いながら、あたしは紙皿を差し出す。直後、タコのからあげとタコさんウインナーが次々と載せられた。
この料理は全て哲朗さんが作ったものらしい。民宿を経営しているだけあってどの料理も絶品なのだけど、ちょっと量が多いような……。
「やっほー。サヨ」
「おこぼれにあずかりに来たよー」
……その時、先ほど別れた猫たちがやってきた。
茶トラ三兄弟の次男と末っ子にあたるこの二匹は元から人懐っこく、島民や観光客にも人気がある。
「おっ? お前たちも何かほしいのか? うちのタコ食うか?」
猫たちの接近に気づいた哲朗さんが猫撫で声で言い、自分の紙皿からタコの唐揚げをつまみ上げた。
「哲朗さん、人間の食べ物は駄目よ。夏海、ちょ~る持ってる?」
栄子さんがそれを静止して、なっちゃんが猫まっしぐらなおやつを鞄から取り出す。
そして封を切った瞬間、猫たちの目の色が変わった。
「待ってました!」
「それ、おいしいやつ!」
そう叫ぶと、二匹は猛烈な勢いで栄子さんとなっちゃんの膝に飛び乗っていった。
「あんたのおにーちゃんはどうしたのー?」
なっちゃんの膝でちょ~るにむしゃぶりつく次男にこっそりと尋ねると、一瞬だけ顔を
その視線の先を見ると、手水舎の端に器用に乗っかって毛づくろいをする茶トラのオス猫がいた。
あたしはなっちゃんからちょ~るを一本受け取ると、立ち上がって手水舎に近づいていく。
「あんたもこっちきなさいよー」
「……今は男を磨く時期なのさ。人間相手に媚びを振る暇はないの」
小声で話しかけるも、そんな言葉が返ってきた。相変わらずマイペースな子だ。
「はたして、このちょ~るを前にしても冷静でいられるかしら」
「……そういえばここ数日、子猫の声がしていたよ」
「へっ? ここで?」
その開け口に手をかけたとき、社殿のほうを見ながらそう口にした。
「そう。この島じゃ子猫なんて見ないから、不思議に思っていた」
「ふーん……あとで見てみるわね。ありがと」
あたしは彼にお礼を言って、ちょ~るを差し出したのだった。
「……あの子って人に近づかないけど、小夜ちゃんにだけは慣れてるよね」
皆の元へ戻ると、なっちゃんがそう言って不思議そうな顔をした。
そりゃあ、話せるから大抵の猫とは仲良くなれるわよ……とは、口が裂けても言えなかった。
◇
……そんな賑やかなお花見が終わったあと、あたしは神社周辺を調べてみる。
けれど、それらしい子猫は見つからなかった。
この島の猫たちは全て不妊去勢手術済みなので、子猫が生まれることはない。
仮に子猫が本当にいるのだとしたら、それは島外からの捨て猫ということになる。
そういう子を保護してあげるのも、あたしやおじーちゃんの役目なんだけど……見つからないものはどうしようもない。あたしは帰宅の途についたのだった。
◇
……そして、その日の真夜中。
「……キミのしっぽ、素敵だね」
「あら、そういうあなたのヒゲも立派よ」
「どうだい? 今夜一緒に……」
布団に入っていると、どこからか愛をささやくような猫の声が聞こえてくる。
「……どこの子かしら、まったくもー」
猫にとって、春は恋の季節。いくら去勢しているとはいえ、その効果には個体差があり、中にはとってもお盛んな子がいる。
……普通の人にはうにゃーうにゃー言ってるようにしか聞こえないんだろうけどさ、あたしの耳にはしっかりとした言葉が聞こえるわけなのよ。
これがもう……悶絶するくらい恥ずかしいのだ。
「うう……逢引はあたしに聞こえないところでやりなさいよ……」
窓の外に向けてそう呟いて、あたしは布団を頭から被ったのだった。
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