第6話

 一方その頃、教室に戻ったイライザは、


「フゥ...なんとか今日も上手く行った...」


 と胸を撫で下ろしながら、誰にも聞こえないように独り言ちていた。


 あの最悪な、処刑される未来を明晰夢、あるいは予知夢として見てからというもの、イライザは節目節目で度々予知夢を見るようになっていた。


 今日起きた出来事も、しっかり昨夜の内に予知夢として出て来たものだ。だからこそあんなに良いタイミングで出て行くことが出来た。


 そうじゃなかったらきっと、謂れのない疑いを掛けられて処刑される未来に一歩近付いたかも知れない。


 どうやら天はイライザに味方をしてくれているらしい。こうやって度々エミリアの仕掛けて来る奸計を避けられているのは、一重に予知夢で予め先の展開を読めているお陰である。イライザは今日も神に感謝した。


 ちなみにエミリアが転生者じゃないか? と疑っているイライザは転生者ではない。謂わばイライザは予知能力者である。つまりこれは転生者vs予知能力者との戦いということになるのだ。はてさてどっちが勝つことになるのやら...


 そもそもイライザはヘンリーとの婚約に乗り気じゃなかった。公爵家の令嬢ということもあり、幼い頃からヘンリーとアンソニー、二人の王子とは顔見知りだった。所謂幼馴染みというヤツだ。


 イライザは子供の頃からバカで傲慢でスケベで自分勝手なヘンリーのことが大嫌いだった。寧ろイライザはアンソニーの方に惹かれていた。婚約するならアンソニーとしたかった。


 だが王家からヘンリーのことを矯正して欲しいと頼み込まれてしまった。公爵家としては王家の頼みを無下に断ることも出来ず、泣く泣くヘンリーと婚約を結ぶ羽目になってしまったのだ。


 決まってしまったものは仕方ない。イライザはなんとかヘンリーの性格を矯正しようと思ったが、婚約して早々に体の関係を迫って来たヘンリーのことを思わず引っぱたいてしまった。


 それ以来、二人の関係は冷え切っている。イライザはそれでもどうにかして歩み寄ろうとヘンリーのためを思って度々苦言を呈して来たが、当のヘンリーは全く聞く耳を持たないのでイライザは矯正することを既に諦めている。後は円満に婚約を解消できれば、最悪な未来が訪れることもないだろう。そう思うようになっていた。


 だからこそ決してエミリアに隙を見せないよう、謂れのない罪を押し付けられないよう、毎日を慎重に過ごしている今日この頃なのである。だがそんな生活に少し疲れを感じていたりもした。


 そんなイライザは学校が終わると王子妃教育のため王宮に赴く時がある。王子妃教育は厳しくて大変だが、イライザにとって楽しみな時間でもある。


「やぁ、イライザ。今日も王子妃教育かい?」


「アンソニー殿下、ご機嫌よう」


 そう、大好きなアンソニーと会えるからである。


 蓄積された毎日の疲れが少しだけ癒される瞬間なのだ。

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