第39話 再会(4)

 私たちは、三人が泊まるホテルに移動した。

 新南地区に近いホテルを予約したそうだ。

 私と来栖さんも一緒に泊まることになっている。


 吉岡さんと建華は、私たち家族の再会をゆっくり堪能してほしいとのことから、空港であいさつをした後、それぞれの自宅へ帰った。


 無事に対面できたのは、二人のおかげであることを家族に話していたため、建華と吉岡さんは、私の家族に感謝されつつ、空港を後にした。


 初日の晩、日本から来た三人に私と来栖さんを加え、五人で食事をしながら、とめどなく話をし続けた。

 今までの十六年分を取り戻すかのごとく、私は色んな話をした。

 話にのめり込み過ぎて、日本語の稚拙さなど、気にならなかった。

 話したいことがあり過ぎて、余裕もなかった。

 少しでも、私を知ってほしいという気持ちの高鳴りがそうさせた。


 そこまで和気あいあいとした雰囲気で進んでいた会話だが、陸兄さんが放った一言が、なごやかな時を止めた。


「美南は、いつ日本へ戻ってくるの?」

 返事ができなかった。


 他の皆も押し黙った。

 しばらく沈黙が続いたため、陸兄さんも空気がおかしいことを感じたようだ。


「まだ、会ったばかりですぐには決められないか」

「そうさ、気が早すぎるぞ」

 お父さんもフォローするように言い足した。


 楽しいはずの食事会が、現実的な話に至ると、急に重苦しい息苦しさを感じさせた。

 私は、中国を離れて日本に住むことになるのか。

 建華や吉岡さんと離れ離れになるのだろうか。

 吉岡さんや建華との縁が永遠に断ち切れるわけではない。


 家族の住む千葉県は、成田空港があると言う。

 そこから上海まで飛行機で約三時間。蘇州から南京へ、車で行くのと変わらない。

 そう考えれば、別れもつらくない。自分自身に言い聞かせるように考えた。


 その日、ホテルの部屋は、お母さんと同じ部屋である。

 少し緊張する。

 ツインベッドに、二人並んで入った。


「美南、さっき空港に来てくれた建華さんと吉岡さん、二人ともいい人そうね」

「うん、ほんとにいい人たちなんです。おかあさんたちを捜すのに、二人とも毎週末を犠牲にして、協力してくれました。本当に、いくら感謝してもしたりないくらいです」

「本当に二人には、感謝しないとね。そんな大事な二人と離れ離れになりたくないわよね」

「えっ」

「さっき、陸が言ったこと、あれから急に口数が減ったから心配だったの」

「私、おかあさんやおとうさん、陸にいさんと会えて、ほんとうれしかった。今までにないくらいの幸せも感じたの。でも、日本に行くと聞いて、急に、なぜか寂しさを感じて……」

 私は、正直に話した。


 私自身もはっきりしない、もやもやとした気持ちをお母さんは、わかってくれている気がした。

 日本人なのに、中国で朝鮮民族として育てられた私が、本当に日本でやっていけるのだろうか、との不安を伝えると、お母さんは答えてくれた。


「あせらなくていいのよ。何も今、全てを決めてもらおうとは思ってないの。時間をかけてゆっくり考えてくれればいいの」

 お母さんの思いやりある言葉に、私は少し気楽になれた。


 家族は皆、私がすぐに日本へ行くものと思っているのではないか、と考える度に、心が苦しくなった。


 日本へ行くのは、当然のことかもしれない。

 だけど、好きな人たちとの別れもある。

 それを考えることがつらく感じていたところへ、この言葉であった。

 心と心が一本の糸でつながれている伝説を聞いたことあるが、この時は本気で信じた。


 翌日、ホテル内で、色々と今後について話をすると聞いていたが、急遽、観光をすることになった。

 いつから日本での生活を始めるか、日本で慣れるために学校に入りなおした方がいいのか、など、これからの話をする予定だったらしいが、お母さんが、今はやめた方がいい、と皆に進言したらしい。

 改めて、お母さんの心遣いに感謝した。


 お父さんも何かを感じとっていたようである。

 陸兄さんは、その理由がわからないようで、最後まで、なぜなのか、とたずねていたそうだ。


 私が日本へ戻ることを待ちどうしいと言ってくれているそうなので、その気持ちは素直にうれしく、ジンと突き刺さるものがあった。

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