第38話 再会(3)

 週末の土曜日の朝、私は、高速を走る車の中にいた。


「本当に今日、ご家族と会えるの?」

吉岡さんと建華は、同時に聞いて来た。


「はい、本当ですよ。だから今、浦東空港に向かってるんじゃないですか」

 半信半疑の二人は、信じられないらしい。


 私たち三人は、上海市の東にある浦東空港へ行く途上である。

 来栖さんは、杭州から来るため、一人違うルートになる。


 土曜から月曜日にかけて、私の家族、父・母・兄の三人が、私に会いに上海へ来るため、迎えに行くところだ。

 初めての対面への不安から、吉岡さんと建華にも空港まで同行してもらっている。 


 初めて電話で話をした日から、父や母、兄と何度か電話で話をした。

 日本語で家族と話すのは、多少不安が残る。

 私のぎこちない言葉が、どこまで伝わっているか心配になる。

 細かいニュアンスなどは、伝わってないかもしれない。

 もっと、日本語の勉強をしなければと、家族と電話で話すたびに感じている。


 空港へ着くと、第二ターミナルの到着出口へ向かった。

 来栖さんは既に着いていると連絡があった。

 出口の近くへ行くと、すごい人込みである。

 多くの人が、到着の人たちを出迎えている。


 来栖さんは、到着フロアの一番奥にある〈バーガーキング〉の中で待っているそうだ。

 覗いてみると、大きな口を開けてハンバーガーをほおばる来栖さんを見つけた。


「来栖さん、着きました!」

「三人が来る前に食べ終えようとしてたけど、間に合わなかったようね。急いで食べるから待ってて」

「どうぞ、ごゆっくり。まだ時間もたっぷりあるし、私たちもコーヒー飲んで待ってますから」

 建華は、大人びた気遣いをする。


「表さんね。初めまして、来栖です。いつも噂は李静さんから聞いてます」

 口の中をもぐもぐさせながら、挨拶をしている来栖さんの姿には笑ってしまう。


 真面目なだけに、動揺した時の所作が、とてもコミカルに見える。

 到着まで少し時間があるため、しばらくお店の中で時間を費やした。


「そろそろ時間になるから行きましょう」

 そう言うと、来栖さんは立ち上がった。


 四人一緒に到着出口のところまで移動する。

 人ごみの中を、きょろきょろ見まわしながら歩いた。

 まだ出て来てないようである。


 電光ボードには、既に〈到着〉と表示されている。

 もうすぐ出てくるはずである。


 日本人らしき人たちが、見えだした。

 三人のグループが見えると、建華と吉岡さんは反応する。


「あっ来栖さん、あの人たちじゃない?」

 吉岡さんは叫ぶ。


「違います」

 淡々とした声で来栖さんは言い切る。


「今出てきた女の人、なんか静に似てないですか?」

「あの人は、沙羅さんではありません」

 言い方に抑揚がないため、冷たく感じる。


 いい人なのだが、感情表現は豊かとは言えない。

 でも、来栖さんの心の温かさは、十六年もの間、私の行方を捜してくれていたことからもわかる。


 なかなか、私の家族らしき人たちが出て来ないため、皆で便を間違えたかな、と話している矢先、年格好がぴったりの三人組が出て来た。

 がっしりした身体つきに、きちんとした身なりで、いかにも会社役員と言った雰囲気の中年と、すらっとした長身の若い男性二人が並んで歩いている。

 その少し前、中央を歩くのは、くせっ毛が印象的な、小さく細身の女性である。


 こちらへ向けた笑顔からは、なぜか懐かしいものを感じさせる。

 一目で私のルーツを見た気がした。

 その刹那、私の隣にいる来栖さんが、大声で手を振りながら呼ぶ。


「沙羅さん、東中川さん、陸くん、こっち、こっちよ~」

 涙でぼやけた視界の向こうに、走り寄ってくる破顔した三人を迎えた。


 数メートルの距離に来ると、お互いに何も声を発せずに、押し黙る。

 最初に口火を切ったのは父だった。


「美南、大きくなったなあ」

 この第一声が、十六年の歳月の長さを物語っていた。


「美南……、こんなに大きくなって……」

 母の声には、十六年分の想いを絞りだしたような重みを覚えた。


 私の体は、自然と動いた。

 近寄り、むせび泣く母を抱いた。

 小さな体は、今にも折れそうだ。


 建華や吉岡さんもいるため、絶対に泣かないでおこう、と決めていたのに、感情を抑え続けることはできなかった。

 それは、お互い目を真っ赤にはらすまでやまなかった。


しばらくして、私たちは一度距離をとった。

 改めてお母さんは私のほおを両手で挟み、じっと目を見つめながら、私の名前を連呼する。


 十六年もの間、貯め続けてきた愛情を一気に放出しているのか、全身で愛を感じる。

 その脇で、お父さんもお兄さんも、目を潤まして、『美南』と呼ぶ。


 来栖さんは、もちろんのこと、吉岡さんや建華までもが、つられて涙ぐんでいる。


 その刹那、私は、自分が〈美南〉だと言うことを、初めて実感した。

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