第26話 突然の別れ(2)

 あっと言う間に、時は過ぎていく。

 夏の暑さが一番厳しい季節に上海市内を歩き回っていた。

 上海市内も一通りあたったが、未だに見つからない。

 上海郊外をまわり始めたが、既に気持ちが行き詰まりを感じていた。


 新たな情報をもらえることを期待しつつ、改めて警察を訪問することにした。

 前回とは違い、今回は私と建華それに吉岡さんを加えた三人で向かった。

 警察に行くと、前と同じ無気力な担当官が、くたびれた顔で椅子にだらしなく座っている。

 私を見つけるなり、話しかけてきた。

 家族は見つかったか、と聞いてくるが、そのにやけた顔と話し方から、私たちが再び訪ねてくることを予想していたようだ。


 私たちのような被害者は多い。

 大きくなってから親を探す人もいれば、誘拐された親がずっと子どもを探し続ける場合もある。

 たいてい見つかる時は、事件からそんなに時間がたたないうちに見つかるそうだ。

 時間がたってから見つかる場合もあるが、数えるほどで簡単に見つからないと言う。

 彼は、捜す気持ちが強い人には、何も言わないらしい。

 感情的になって面倒、と言うのが理由であるそうだ。


 建華は、私同様、担当の投げやりな態度にむすっとしている。 

 もしあの時、言っていたとしても、素直に聞き入れないに違いない、とはっきり言い切られたことに対して否定できなかった。


 私の頭の中は、家族を捜すことしか考えていなかった。

 今では冷静に受けとめられるが、以前であれば聞く耳持たなかったであろう。

 いくつかの手掛かりもあるし、すぐに見つかるものと、甘く考えていた。


 手掛かりが有効打として機能しない今、彼が言うことを認めざるを得ない。

 それでも、言い方が不親切、と感じたために抗議した。

 三か月もかけて捜していたのが、否定されたように思えたからだ。


 そんな私の抗議もすぐに論破される。

 この三か月間、何も変わらない、何も得られない。

 そんなムダな日々だったと本当に思うのか、と言われ何も言い返せない。


 捜し続けた時間を無駄だったとは思っていない。

 被害者家族と交わした言葉、その苦悶の表情を直接見聞きしたことで、深く感じることは多々あった。

 皆、十五年以上苦しんで来た人たちだ。

 どんなにつらい思いをしたか、訪問する家庭ごとに幾度も幾度も聞かされ、多くの被害者家族と悲しみを共有した。


 帰り道、私たちは、初めて警察を訪問した時のように、楽観的ではいられなかった。

 警察担当官のリアルな言葉に打ちひしがれていた。

 言葉のわからない吉岡さんには都度通訳したが、最後にまとめて説明したので、事のいきさつは把握したようだ。


「警察は慣れてるね。きっと、リーチンのような人たちを何人も見てるから、どう対応すればいいかも心得てるんだよ。毎年、中国で起こる被害者事件の子どもや家族全てに、対応しきれないんだ。ヘタに希望を抱かせる言葉を投げかけても、その後何年も捜し続けることが、本当にその人たちのためになるのか、難しいところだよね」

 うすうす感じてはいた。


 それでも、はっきりと認めたくないことを、吉岡さんにずばっと言われた。

 私は喪失感で、何も言い返すことができない。


「吉岡さん、それ言い過ぎです。静の顔が暗い」

「あっ、す、すまない。別に探すな、と言ってるわけじゃないんだ。何年かけても見つからない、と言ってるわけでもないんで」

「それはわかってます。警察と吉岡さんの言ってることは正しいです。私も頭では理解してます。でも、心がうまく整理できないんです」

 私は、どうにもできない自分の感情にいらだち、八つ当たり気味に言った。


「静、あせることないよ。要は、期待しすぎるあまり、気持ちが先走らない方がいい、と警察も吉岡さんも言いたいんだよ。悲観的なことを言いたいんじゃないってことだけは、わかって」

「ありがとう、建華」

「そう、そうなんだ。表さんの言う通りなんだ。ゆっくり探せばいいんだよ。そう言いたかったんだ」

 吉岡さんは、かなり動揺している。


 私を傷つけたのではないかと心配してくれているようだ。


「わかってます。心配しないでください。確かに、警察に言われた時はショックでしたが、今は大丈夫です。建華も言うように、悲観的になる必要はないこともわかってます」

 本当は、まだ大丈夫な状態ではないが、二人に心配かけたくない一心から、敢えてそう答えた。


「よかった。よし、そうとなれば、これからも頑張って探そうぜ!」

「吉岡さん、頑張りすぎないでいいですから、無理のない範囲で探しましょう。私のために、毎週末をいただくのも悪いので……」

「吉岡さん、なんだか静の方が、立場上に見えますよ」

「いやあ、つい勢いで言っちゃったな。いけない、いけない、ゆっくりで行きましょう。ゆっくりで!」

 急にまじめな顔して、冗談口調で言うのは、私を元気づけたいからなのだろう。


 吉岡さんの私に対する気づかいを感じて、暖かい気持ちになった。

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