第25話 突然の別れ(1)

 私と建華、そして新たに吉岡さんが加わり、家族捜しのメンバーは三人となった。

 私と建華は、今までの経緯をつぶさに吉岡さんへ伝えた。


「そうか、二〇〇〇年代初頭の中国家庭には、自宅に固定電話がある家は少なかったんだ」

「そうです、吉岡さん。裕福な家にはありましたが、当時の一般家庭で固定電話を置いてる家は少なかったんです。だから、リストにあるほとんどの家族に直接訪問しています。今では、みんな携帯電話を持ってますが、当時のリストからでは、今の番号はわからないので」

 建華は、いかに大変だったか、自身の苦労を強調している。


「なるほど、街の電話を皆で共有してたのか。一家に一台、電話を持たない生活から、固定電話を飛ばして、一気に携帯電話を持つようになったとは驚きだね。日本が何十年もかかったところを一気に追いついたわけか。すごいスピードだな」

「ええ、それに通話手段としては同じですが、使い方は同じではありませんよ。中国では、今やほとんどの人が現金を持たず、スマホ決済を使うので、キャッシュレスの生活です。物乞いさえもQRコードを使います。日本は、未だ多くの人が現金を使用していると聞きます。中国の方が先を行ってますよ」

 私は笑いながらも、中国の今をほこらしげに伝えた。

「わかるよ。中国の銀行は紙の通帳もないし、進化のスピードが速いよね。知り合いの日本人に聞いたけど、二〇一〇年に紙の通帳もって、銀行に長蛇の列をなしていた中国人が、二〇一五年頃になると、銀行内はガラガラで、紙の通帳などなくなった、と言うもんな」

 吉岡さんは、感心したように言うと、話を元に戻した。


「ところで、長寧区と徐匯区のリストにあった家族は、ほぼまわったんだよね? 既に引っ越したり、話をしただけで見当違いとわかるなど、それらしき家族もいなかった。今のところ苦戦中なんだね」

「吉岡さん、そうなんです。いきなり静が顔を出すと驚かせるから、先ずは私が、話を切りだしているんですが、なかなかそれらしき家族にあたらず……。年が違ったり、中には男の子だったりするんですよ。上海の警察もいいかげんですよね。リストをもっと精査してほしかった。何人かは、会って話もしました。相手の家族も私たち同様、手掛かりがほしいので、先ずは会おう、となることも少なくありません。でも、結局なんの手がかりもつかめないままです」

 建華はしょげている。


「最初は、キーワードの〈三十三〉から、住所に三十三番地がつく家庭を中心に探したんですが、長寧区と徐匯区だけでは、すぐにつきてしまって。それから三十三番地以外もあたりました。でも、全てダメでした」

 その時、私は、泣きそうな顔をしてただろうが、こんなところで、泣き顔を見せるわけにはいかないと、腕をつねってこらえた。


「李静、元気出せよ。まだ始まったばかりだろ。上海は広いから、あきらめずに引き続き探そう」

「ありがとう、吉岡さん」

「吉岡さん、気づかい出来るいい人ですね」

 建華のほめ言葉を受けて吉岡さんはうつむいた。少し顔を赤らめている。以外に照れ屋なのだろうか。


「あとは<三十三>だけど、住所以外ってことはないの?」

 吉岡さんは、改めて視線を私たちに戻す。


「私たちも考えました。マンション棟の番号とも考えられるけど、上海の三十三号棟に住む家族を探すとなると、ほとんど対象はいません。あと電話番号の末尾も考えられますが、まだ具体的な行動には移してません。この二つは、対象が少ないからいつでもできます。それに一番確率が高そうな住所末尾の<三十三>を探すことが終わってないので……」

「そうかあ、逆にすぐにできるものから終わらせた方が、いい気もするけどなあ」

 吉岡さんは、あごに手をあて思案している。


「あとさあ、苗字や名前ってことはない?」

「中国は、たいてい苗字と名前で二文字か三文字です。<三十三>という苗字と名前は、ありえません。漢民族以外の民族であれば、四文字などもあります。でも、文字が書かれていた痕跡は、十文字くらいあります。そんな長い名前、考えられないです」

 私は、聞いてるうちに、今ある手掛かりがあてにならないことを悟った。

 そして、気が遠くなるほど先の見えない道程の入り口をさまよっていることに気づいた。


「静、気落とさないで。住所からだって、探せないと決まったわけじゃないよ。だって、静の記憶の中にはお城があるわけだから、上海市内、しかもこの近くに違いないって」

 建華は勇気づけてくれる。だが、建華の言う通りだと思った。くつに書かれている文字から読めるのは、うっすら見えている<三十三>だけである。他の文字は読めないが、文字の長さと<三十三>から、住所である可能性は高いだろう。上海の中で探せば、見つけられないことはないはずだ。

「ごめん、変なこと言って逆に悩ましたかな。先ずは、残りの地区で末尾に〈三十三〉のつく住所を探そう。それから、次のことを考えればいいよ」

「静、そうだよ。今まで十六年間何もしなかったんだから。まだ三か月たらずだよ。これからが本番でしょう」

 二人とも元気のない私を励ましてくれる。その好意がありがたかった。


「じゃあさ、次は予定通り上海市内でも、長寧区と徐匯区以外を探そうよ。どう思う、表さん?」

「それはいいですね。上海市内もまだまだまわれてないから、可能性は十分あると思います。そう考えると、上海市の中でもほんの一部しか探してないわけだから、落ち込むには早すぎですね」

 吉岡さんに問いかけられ、建華はうれしそうに言う。

 二人の関係も良好なようで安心した。


 建華は、相手の家族に対して必ず〈お城〉についてたずねるが、私たちはあくまで参考として捉えている。

 理由は、家族が〈お城〉のことを忘れていることも考えられるし、私が幼い頃にテレビで見た可能性もある。

 つまり、あいまいなのだ。


 この二つの理由を前提としながら、被害者家族に問いかけている。

 今まで訪ねた家族に、〈お城〉に関して記憶にある、と言われたことはない。


 三十三番地だけで探すと、該当家族は少ない。

 引っ越している場合は、近所の人に話を聞いてみる。

 引っ越し先を知っていれば、連絡先を教えてもらえるからだ。


 上海から飛行機で二時間もかかる遠い地域に引っ越した人もいたが、電話番号を教えてもらって話したこともある。

 残念ながら、会って話を聞くまでには至っていない。

 

 近くであれば、できるだけ会うようにしている。 

 何か新しい発見があるかもしれないから。

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