第23話 真実への旅路(3)
私たちは、翌週、警察に行って話を聞くことにした。
事情を説明して、上海市で起きた子供の誘拐事件についてたずねた。
警察が一緒に探してくれると思ったが、何もはっきりしたことがわからないため手伝いようがない、と言われた。
中国で本当の両親を探し当てる難しさも説かれた。
子供を探している親やさらわれた子供たちが、自分の素性を知ろうと何年もかけて探しているが、大半が徒労に終わるらしい。
可能性が出てきたら改めて手伝う、と担当官は言う。
私たちは、そんな担当官のやる気が感じられない言葉を受け、失望とともに警察を後にした。
ただその前に、私と建華は、上海市で起きた誘拐事件の被害者連絡先を教えてもらった。
二〇〇三年から数年さかのぼった分だけとの約束だ。
本当は教えてもらえないのだが、私の境遇に同情したのか、『内緒だから』と言ってリストをくれた。
でも、二人警察を出る時、建華は私に背を向け、担当官と何か話していた。
何かを渡したような気がする。
何かあったのか、とたずねたが、建華は大人の世界ではよくあることよ、と笑いながら、駆けて行き、そのまま警察の門ををでた。
私たちは、リストの中から、三十三番地を探したが、数えるほどしかいない。
最初、それらの家族にあたったが、すぐに違うことが判明した。
その次に、お城がある長寧(チャンニン)区(チュ)とその隣の徐匯(シィーホイ)区(チュ)にある家庭を訪問することにした。
電話番号の書いてあるところへは、直接電話したが、電話番号がない家も多かった。
そのような家は近隣に共同電話があり、そこへかけるとつないでもらえる。
一家に一台電話があるわけではない。二〇〇三年頃は、そのような時代であった。
実際に電話すると、既にそこには住んでいない人が多く、引っ越し先もわからなかった。
家族に不幸が起きると、その後はたいてい引っ越したり離婚したりで、家族が分裂してるようでなかなか会えない。
私は、動揺して話せないかもしれないからと、被害者家族への対応に関しては建華がしてくれている。
訪問軒数も十軒目を超えたあたりのことだ。建華が興奮した声とともに私の方を見た。
「前に、近所に住んでいた人が、新南地区で誘拐された娘さんをずっと探してたんだって。六年前に引っ越したけど、連絡先を知ってる人がいるから聞いてくれるって」
建華がずっとやり取りしてくれているのを、私は黙って待っていた。
「はい、私、表建華と言います。実は、十七年くらい前に誘拐された、と言う友人がおりまして……。どうやら上海で誘拐されたようで、いえ、私は吉林省の延吉市の出身でして、友人も延吉市に生まれ育っておりまして、あっ、そうではなく、生まれは恐らく上海市なのでしょうが……」
建華もテンパってるようだ。何を言っているのか、隣で聞いていてもわからない。
私の胸の鼓動のドキドキも次第に早くなる。
会ったら何を言おう、何を聞かれるだろう、と気持ちがはやった。
「はい……はい、わかりました。明日の朝、お伺いします。住所はわかります。では、失礼します」
私は待ちきれずに、建華が電話を切る前に話しかけた。
「なんだって?」
「うん、二〇〇二年に娘が誘拐されたって。電話に出たのは、その誘拐された子の妹さんらしいんだけど、すごく動揺していた。両親は、出かけてて帰りは夜になるそう。明日の朝、母と話してほしい、と言われて、明日行くことになったよ。お父さんは重慶にいるので、来れないらしいけどね」
「私には妹がいるの? 賢友は弟だし、妹がいるってどんな気分なんだろ」
「私に聞かれても……、私の場合、お姉ちゃんだしわからないよ」
建華は困り顔だ。
「他には? 何を話したのか教えてよ」
私は、まだ本当の家族かもはっきりしてないのに、多くを知りたがった。
気持ちが急いていたのが、建華には伝わったようでいさめられた。
「静、あわてないで。最初から簡単に見つかるとは思わない方がいいよ。期待しすぎると、後がつらいよ」
「うん、わかってる。わかってるけど、上海でお城に近いところに住んでいたと言うし、可能性はあると思うんだ」
私は、早く家族を見つけたい一心から、明日会う人たちが本当の家族であってほしいと願った。
翌日、その家族が住んでいる場所へ向かった。上海市内中心から、やや北にある虹口区である。待ち合わせ場所は、上海外語大学の近くで建華の部屋にも近かった。
上海に来た時は、いつも建華の部屋に泊めてもらっている。建華はおねえさんと暮らしているが、私も昔から知っているため、気兼ねなく泊まれる。
この日、朝出る時間には、まだ建華のおねえさんは寝ていたために、起こさないように二人でゆっくりと部屋をでた。
待ち合わせのお店は、古い内装を活かしたアンティークスタイルの古民家レストランだった。
一番奥まったところに個室があり、そこへ案内された。
年季の入った大きなテーブルの中央には、一人の若い少女が座っている。
「初めまして、表建華です。こちらが、昨日話した李静さんです」
初めに建華が口火を切った。
私は紹介されてる間、ドキドキが止まらずにいた。
何を言っていいかわからず、相手が先に何か言ってくれるのを待った。
まともに顔も見れずにいたが、先ずは相手をしっかりと見ることにした。
顔を向けると、相手もこちらを正面から捉えていた。
そして、若い女性は、自己紹介を始めた。
「こんにちは、周です。周佳(チョウ・ジャ)と言います。母は、今トイレに行ってるので、もうすぐ戻ると思います」
私たちは、簡単な自己紹介をすました後、三人で世間話をした。
彼女は中学生だと言う。
年に比べて大人びている印象である。
私たち皆、年が離れてないこともあり、くだけた感じで会話できた。
なぜか、周佳さんが私を見た瞬間にくもった表情を見せたのが気になった。
私への質問も配慮しているためか、言葉を選んであたりさわりのない質問をしてくる。
私も、緊張で固くなっているため、たどたどしい返事を返した。
そこへ、ドアの開くきしんだ音とともに、長身のすらりとした女性が、部屋に入ってきた。
周佳さんが立ち上がり、その女性を紹介した。
気が付かなかったが、周佳さんもスラリと背が高い。
「彼女は、母の周(チョウ・)晩秋(ワンチウ)です」
母と娘が並んで挨拶するのを見た刹那、私は肩を落とし全身から力が抜けていくのを感じた。
その様子が、建華にも伝わったようで、必死に会話をつないでくれる。
母親の周晩秋も顔を合わせた直後から、がっかりしたような表情をしていた。
私には、痛いほどそれがわかる。
なぜなら、周親子はそっくりなのだ。
痩身で、二人とも百七十センチくらいはあるだろう。
顔もそっくりだ。
ややつり上がった目にスッとした鼻。
私の顔つきと見比べても、全く違う。
私は、つり目でないし、鼻もおすそ分け程度に、ちょこんと顔の真ん中に乗っているだけだ。
何より、背が低く、百五十を少し越えたくらいしかない。
話は、私のことと、周さんの誘拐された娘さんの話といったお定まりのやりとりをしたが、会話は弾まないまま進んだ。
外見以外に、もうひとつ決めてとなったのは、彼女たちが新南地区には行ったことがなく、お城も見たことがないことだった。
私は想像通りの答えとはいえ、がっくりきた。
お互いにまた何かあれば、情報交換をしようとなり、改めて連絡先だけ交換して別れた。
「残念だったね、静。でも、まだひとつ目だし、他にもまだあるからさ」
「うん、そうだよね。まだ始まったばかりだし……ね」
そう言いながらも、似た容貌の親子が、私の頭の中で行きつ戻りつしていた。
本当の母親もあの二人のように私そっくりなのだろうか、それとも父親が私に似ているのだろうか、と淡い期待感に心を寄せつつ、寂寥感も抱いていた。
私と建華の両親探しは、あっと言う間に三か月が過ぎた。
上海市内で可能性のありそうなところはほとんど探したが、それらしき人たちは見つからなかった。
私たちは、平日は仕事と学校、土日は家族捜しに朝から晩まで時間を費やしているため、心も身体もかなりくたびれていた。
特に自分には関係のない建華は、余計に疲れていることだろう。
そう思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
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