第19話 デジャブ(3)
翌朝、母さんはいつもと変わらなかったが、意識して私の視線を避けているように見える。
私も話しかけにくく、例のお城についても聞けなかった。
以前から感じていた母さんとの距離は、昨夜、一瞬昔にもどったと感じた。それが今では、更に二人の間が遠のいた気がした。
蘇州に帰る前日、建華から連絡が来たため、久しぶりの母校で会うことにした。
広い校庭の遊具で、懐かしさ半分遊んでいると、後ろから建華の声がした。
「静、久しぶりの我が家はどうだった?」
「うん、相変わらずかな」
「そう……」
「毎日暇してる。ネット動画を見たり、マンガ読んだりするけど。あとは時々、弟の賢友と遊ぶくらい」
「お母さんと話すんじゃなかったの。お城のこと聞いてないの?」
「聞けてない。なんか、そんな雰囲気じゃなくなっちゃった。なんか、聞くといけないような気がして」
私は、ぶらんこをこぎながら、横にいる建華に話しかけた。
「ふーん、なんでお母さん、泣いたんだろうね。最近、旦那と弟くんにばかり掛かりきりだったから、静の子供の頃の話を聞いて、思い出したんじゃないの」
「うーん、わからない。でも、なんか避けられてる気がするの。再婚してから、変わった気はしてたけど、目をそらすようなことはなかった。言いたいことは、はっきりと言ってくれてたから」
「なんか、後ろめたいことがあるんじゃないの。実は、静のお父さんは生きていて、会わせたくないため死んだことにしてるとか」
「まさか……あるのかな、そんなこと?」
「あるかもよ! それか、亡くなった父さんが生きていた時に不倫してて、本当はその人の子供かも……」
「そんなことあるわけないでしょう、飛躍しすぎだよ。面白がってないで、真剣に聞いてほしいんだけど」
建華に少しむっとした表情を向けながらも、私は一抹の不安を抱いた。
本当にそのようなことがあるのかもしれないとも考えた。
翌日、蘇州に戻るため家を後にした。
賢友は、別れが寂しい、と言ってくれたが、母さんも父さんも、私のあいさつに対して、「ああ」と一言返すだけだ。
家を出てバス乗り場に向かって歩いていると、母さんが小走りで追いかけてきた。
「静、ちょっと待って」
急いで駆けてきたようで、息を切らせている。
「母さん、どうしたの? さっき別れの挨拶したばかりなのに」
あっさりした終わり方だったため、正直うれしくもあった。
「母さんお前に話があって。でも話せなくて……。いや、いいんだ。これさ、お前の好きな食べものとお菓子を入れといたから、蘇州に戻ったら食べな」
そう言うと、小包の入った白い紙袋を渡された。
「母さん、わかった。追いかけてきてくれてありがとう。母さんも身体に気を付けてね」
私は、急に母さんがいなくなりそうな気がして、気づかいの言葉をかけた。
そう思わせるほどまっすぐに私を見据えた泣きそうな表情は、心に訴えかけてくる。
「じゃあ、お前も元気で、しっかりやるんだよ。お前は強いんだから、きっと大丈夫さ」
「うん、ありがと。じゃあ、賢友にも元気で、と伝えてね。母さんも身体に気を付けて、幸せになってね」
私は、もう二度と会えないような言い方をしたことに気づいた。
なぜか、母さんの別れの言葉と表情が自然とそう言わせた。
バスに乗って、見えなくなるまで手を振り続けていると、母さんもずっと寂しそうな顔で手を振っている。
やはり、今生の別れのような気がして、胸がキュッとしめつけられた。
蘇州の部屋に着くと、私は疲れからベッドの上にダイブした。 あさってから、また仕事の毎日だと思うと、軽い緊張感が走った。
スーツケースの方へ眼を向けると、その脇にある白い紙袋が目に入る。
起き上がって、中身を取り出した。
確か、私の好物を入れてくれているので、少し浮き立つ気分で袋を開けた。
中には、お菓子と朝鮮風の漬け物が入っていた。
他にも何かある。
それは封筒に入った手紙と小さなピンクの使い古した靴だった。
机の引き出しの中からハサミをとり出し、封筒の上部をできるだけ薄く切ると、薄茶けた四つ折りの紙をつまみ出した。
私は、その手紙を小さく口に出して読んだ。
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