第16話 予期せぬでき事(4)
帰りに吉岡さんと、いつもの居酒屋〈又兵衛〉へ行った。
この日は珍しく、許さんも一緒である。
吉岡さんは、ジョッキのビールを半分くらいまで飲み干すと、今までの疲れを吐き出すように大きな声で「うまい!」と言い、立て続けに喉(のど)の奥に流し込んだ。
すぐに「再来(ツァイライ)一杯(イーベイ)」と言って、もう一杯おかわりした。
私もそれに引きずられるように普段よりハイピッチで飲んだ。
許さんだけは、自分のペースを崩さず、少しずつ口に含んでいる。
ある程度、お酒がまわった頃、吉岡さんは、さも間違いない、と言った口調で切り出した。
「しかしさあ、自分でも言ってたけど、来栖さんの管理は問題だな」
それを聞いた私は、むきになって、来栖代表をかばっていた。
「でも、来栖代表も部下があんなことしてるとは知らなかったわけだし、かわいそうじゃないですか」
「何を言ってる! 部下がやっていることは、上の人の責任だよ。部下の仕事の結果は、上司の指導・管理の結果でしかないんだよ。普段から担当の人間性や仕事ぶりを把握しきれてないから、あのような問題が起こるんだ。桜木社長に対しては、来栖さんをかばったけど、来栖さんの問題であることは間違いないよ」
「じゃあ、私が何かやったら、吉岡さんの責任?」
一瞬、吉岡さんは言葉に詰まったが、大声でぶつけるように吐き出した。
「ああ、そうだよ。リーチンが何かやったら、俺のせいさ」
この時私は、またしても、考え方に大いなる溝があることを感じた。
「二人とも、そんな興奮しないで、ゆっくり食べましょうよ。この数日、ずっと気がはっていて疲れたでしょう」
許さんは、感情的になってる私たちを見かねて、間に割って入った。
だが、私もお酒が入ってるせいもあり、とまらない。
「そんな考え方、中国にはないですよ。中国では自分がやったことは自分の責任です。他の人が責任とらなければいけないなんて聞いたことないです」
「それが日本人の考え方なのさ」
更に言い返そうとしたその時、店の奥に吉岡さんの知り合いがいたようで、声をかけてきた。
しばらく話し込むと、話が盛り上がったようで、
「すまん、ちょっとあっちに顔出してくるから」
と言って、その場を後にした。
「李さん、日本人の考え方は理解できないと思ったでしょう」
「だって、許さんもそう思わないですか? あのような考え方、中国では聞いたことないですよ」
「前にも話したと思うけど、日本人は集団主義で中国人は個人主義。どちらにも一長一短あるんだ。いい悪いじゃなく、価値観の相違なのさ。お互いの価値観を尊重しながら、いかにコミュニケーションをとっていくかが大事なのであって、決して一方的に押し付けるものではないんだ」
「でも、それだったら、吉岡さんたちも日本の考え方を押し付けてないですか? ここは中国なのに」
私は、許さんの言いたいこともわかるが、日頃、胸の奥に閉まっていた、もやもやしたものが、酒のせいでふつふつと湧いてでた。
「そうだね。でも、遠く中国まで来て、中国人のやり方に戸惑いながらも、日本にいる人たちに納得してもらうって、大変だと思う。彼らも考え方・やり方を改めないといけない部分はあるだろう。でも、李さんは彼らが一方的に改めるべきと思ってるの?」
「いえ、そんなことないですけど……」
あまりにも大人びた許さんの考え方だが、私には少し理解しにくい。
「李さんは、先ず、吉岡さんたちが、どうしてあのように考えるのかを理解することが必要じゃないかな」
許さんは、にこにこ笑ってる。
これ以上頭を使うと、私の思考はショートしそうだ。
中国人でも、許さんのように懐の深い人もいれば、その反対に謝社長のように人を平気で裏切るような人もいる。
日本人とて、同様であろう。
多種多様な考え方の人たちが集まって、仕事することの難しさを実感した。
それにしても、普段たんたんと仕事をこなすだけの許さんが、こんな冷静に周囲を分析しているとは驚いた。
今までの狭い人間関係からでは得られないことを、許さんからは学べた。
様々な人と出会うことで、私も成長していけたらいいなあ、と思いつつ、眠気に襲われるまま目を閉じた。
吉岡さんと許さんが、二人して呼ぶ声で目を開けた。
気が付くと、私の住むマンションの前だった。
酔っていたため、二人に抱えられて車の中に乗せられたらしい。
恥ずかしさを感じつつも、部屋に入るとすぐにベッドに横になった。
翌日、目を覚ますと、着替えもせずに寝ていた自分に気づき、改めて飲み過ぎたことを後悔した。
飲んでいた時に、色々と考えさせられたことは覚えている。
日本人と中国人の考え方の違いについては、結局理解しきれていない。
それにここ数日、考えることが多すぎた。
あれだけおしゃれでかっこよく見えた謝社長が、自分のことしか考えないエゴイストだと失望したこと。服装にもこだわらず地味な印象であった来栖代表の誠実な仕事ぶりや人を信じるやさしさがすごく心に突き刺さったこと。最後にただ言われたことをやるだけのイエスマンと思っていた許さんが、客観的に物事を観察しながら、日本人と中国人の間で円滑なコミュニケーションをとっていたこと、など驚くようなことが、一気にたくさん頭に入ってきた。
とても混乱している。
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