第15話 予期せぬでき事(3)

 両者の話は平行線のまま進まない。

このような議論を三~四時間は続けたであろうか。

切りがないので、私たちは、引き上げることにした。


 帰り道、私たち天達と美和貿易のメンバーで、今後についての打ち合わせをすることとなった。

近くで、個室のあるカフェを探した。


「しかし、不正を一年以上も前からやっていたなんて。来栖さん、全部おたくの責任だからね」

吉岡さんは、コーヒーで喉をうるおしてから、第一声を放った。

相当頭にきてるようだが、当然であろう。


「すみません。私の管理不足です。今までの損失分は全てお支払いします」

 来栖代表は、心の底から謝罪しているのがわかる。


 沈んだ声や表情からも、それが伝わって来る。

「明日、弊社の桜木社長に詳細を報告しますが、最初にこの件を聞いた時は相当怒ってました。どちらにしても、報告結果を受けてから、改めて連絡させていただきます」

「桜木社長にも、本当に申し訳ありませんでした。誠心誠意をもって対応させていただきます、とお伝えください」

 来栖代表は、これ以上ないくらいに顔をふせて謝罪した。


吉岡さんに厳しい言葉を叩きつけられ、肩を震わせ消え入りそうな声で謝り続ける。

部下が、来栖代表を裏切る真似をしたのに。

ある意味、犠牲者なのにと、私は心の底から同情した。


 翌日、吉岡さんは、桜木社長が出社したのを確認すると、真っ先に事務所の中央にある桜木社長の机に向かった。

昨日の報告をしているようである。

私は、仕事するふりをしながらのぞき見るように二人を見てると、大きな声が事務所中に響いた。


「ふざけるな、美和貿易なんか取引やめちまえ!」

 いつも温厚な桜木社長が、怒鳴る姿を初めて見た。


 吉岡さんが、一生懸命話しているようであるが、イマイチ聞こえにくく、何を話しているのか聴き取れない。

二人立ち上がると、会議室へ入っていった。

今後の対応について決め兼ねているのだろうか、小一時間たつのに、まだ二人は出て来ない。

私は、来栖代表に対して、どのように対処するのかが気になる。


 昨日、吉岡さんの話から、桜木社長の怒りの理由を考えてみた。

それは、主犯である得利金属の謝社長や美和貿易の購買担当の胡さんはもちろんのこと、美和貿易の来栖代表に対しても、管理不十分であることに激しているのだろう。

私は、来栖代表は犠牲者だと思っているため、なんとか穏便にすめばいいと願っている。

部屋の中の二人は見えないが、私の視線は自然とドアの向こうを追ってしまう。


 そうこうしているうちに、お昼のチャイムがなった。「よく言っておいてくれ」という桜木社長の声とともに、二人が応接室から出て来てお互いの席に戻った。

最後のセリフはいつもの桜木社長のトーンに戻っていたので、なぜかほっとした。


 少し時間がたってから、私は、吉岡さんのところへ話を聞きに行った。

今後の対応について、どのようにするのかをたずねると、私の目をじっと見ながら、小声で話してくれた。


 最初、怒り心頭に達している桜木社長は、得利金属と美和貿易、双方との取引を即刻打ち切るように吉岡さんに伝えたらしい。

しかし、吉岡さんが、美和貿易だけは、なんとか継続させてほしい、と頼み込んだと言う。

得利金属はトップの謝社長自ら不正を行い、しかも反省の態度も見えない。

すぐに金型を引き上げて、取引を終了させることに関して異議はなかった。

美和貿易に関しては、トップの来栖代表の管理能力には問題あるが、彼女は不正を憎む気持ちを持っている。

今後は、二度とこのようなことが起きない仕組みと教育をしっかり行うと信じている。

だから、来栖代表のいる美和貿易とは取引の継続を頼み込んだそうだ。


 桜木社長は、普段温厚であるが、こうと決めたことは、頑として曲げない性格らしい。

それでも、吉岡さんは、粘りに粘って、引き下がらなかった。

最後は、吉岡さんが責任を持って、二度とこのような事が起こらないように管理することで、桜木社長も渋々了承したらしい。


 胡さんの話を全面的に信じている来栖代表の人の好さも気になったが、吉岡さんの来栖代表への信頼の仕方にも、同じものを感じた。

簡単に相手を信用する二人が、心配になる反面、それが日本人に共通する特徴であることも理解した。

そして、<人の好さ>は、決して悪いことではないのだろう、と心の中でつぶやいた。


 吉岡さんは、今の話を来栖代表に伝えるため、パソコンへ向かった。

三十分後、吉岡さんから来栖代表へ向けてメールが送られた。

私も複数配信で同時に受け取り、内容を確認できた。


 一旦の結末に、ほっと心が休まった気がした。

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