第14話 予期せぬでき事(2)

 翌日、得利金属に着くと、既に来栖代表は工場の中に入っていた。

天達からは、私と吉岡さん、許さん、経理の王さんの四人である。

案内されて社長室へ向かった。


 廊下の一番奥に社長室はある。

ドアを開けると、きらびやかな装飾品が所狭しと置かれているのが目に入る。

他の部屋とは、明らかに違った趣向とわかる。

部屋の中に入ると、右前方に置かれている大きな獅子の置物が目に入った。

獅子が生きているわけないのだが、ニセモノとわかっていても驚かされた。


奥の中央に全長三メートルはあろうかという大きな扇形のデスクに囲われた謝社長が見える。

憮然(ぶぜん)とした表情で、ゆったりとした黒革の椅子に、もたれかかるようにして座っていた。

部屋中央のソファには来栖代表がいる。

横には女性が一人いる。

恐らく、美和貿易の経理担当であろう。

同席すると聞いている。

購買担当の胡さんは、いないようだ。


「来栖さん、話はどんな展開になってますか?」

「はい。こちらのつかんでいる話をしたところ、全てを認めました。昨日、私たちが聞いている話と大きく相違はないようです」

 先に着いていた来栖代表は、あらかじめ話を進めていた。


「リーチン、訳してくれ」

そう言うと、吉岡さんは話しだした。


「謝社長、どういうことですか。これは犯罪ですよ、わかってますか?」

「確かに悪いことしたと思うけど、おおげさじゃあない? それに、日本の品質が厳しすぎるのよ。多少表面にキズやシミがあったって誰も気にしないから、少し混ぜただけよ。その証拠に、今まで一年以上誰も気づかなかったじゃない」

 謝社長の言い分からは、全く反省の色が感じられない。

吉岡さんの表情がみるみる土色に変わっていく。


「なんですか、その言い方は自分が悪いと思ってないでしょう。不良品を良品と偽っただけならまだしも、数量も水増しし過剰に請求したんですよ」

 専門用語をだいぶ覚えたとはいえ、興奮して出てくる吉岡さんの言葉は、意味がわからないことが多い。


 いつもは、私が訳しやすいように言葉を選んでくれているのがよくわかった。

私が戸惑っていると、来栖代表が代わりに訳してくれた。

それを聞いた謝社長は、すぐさま言い返してきた。


「あら、何言ってんの。私は不良を混ぜて売ったけど、数量の水増しはおたくの胡さんが勝手にやったんじゃないの。私たちは、彼が伝えてきた数量を元に、請求書と納品書を出しただけ」

「何言ってるんですか。胡が言いました。全てあなたにそそのかされてやったと。胡は、気の弱い人間です。一人であんな大それたこと出来るわけありません。彼は、昨日も泣いて謝ってたんです。全てあなたの指示だってね。数量を一割くらい乗せても誰も気づかないから、と言って誘われたって。謝社長、正直に答えてください。卑怯ですよ」

 珍しく、来栖代表が感情的になっている。


 裏切った胡さんをかばっているが、ちょっと人が好すぎる。

まさか、胡さんが言ったことを全て信じたのだろうか。

そうだとすれば、また他の誰かに裏切られるのではないか、と心配になった。


「私が胡さんに指示した証拠でもあるの? 胡さんが言ったって、そりゃあ自分が全て悪いです、なんて認めないわよね」

 謝社長も負けてない。自分の責任を認める素振りが全く見えない。

「ここまで来てまだ認めないんですか、謝社長」

 吉岡さんも相当腹を立てている。


 罪を犯したのに、全然悪びれず、自分の正当性を並べ立てる。来栖代表と吉岡さんが憤慨する気持ちもわかる。

打ち合わせの途中、来栖代表に購買担当の胡さんから、「会社を辞めたい」と連絡が入った。

すぐに電話を切られたので、かけ直したが電話にでない。


 中国人が、会社を辞める時に、『辞める』と一言だけ伝えて来なくなることはよくある。

雇う側も不思議に思わず、そういうものだとの認識を持っている。

しかし、日本は違うらしい。通常は、三十日以上前に退職の意志を伝えてからしっかりと引継ぎを行うそうだ。

ここでも、日本と中国の違いがでている。

胡さんに至っては、普通の状況ではない。

余計に顔を会わせられないのであろう。


 開き直った謝社長は、明日以降、私たちの仕事はやらない、と言う。

金型も全部返すから他でやってくれ、と。

納期の迫っている注文書がいくつかある。

「それは困る」と来栖代表と吉岡さんが言うと、謝社長は、「今の品質と価格では、とてもできない。値段を上げないとムリ!」と返す。

そんなやり取りが、延々と繰り返されていた。


 私は、あれだけ謝社長のいい面に触発されていたのに、今見ている彼女は同じ人間とは思えないほど、嫌な側面を見せる。

未だに同一人物とは信じられない、いや信じたくない。

人間不信に陥りそうである。


 考えてみると、表面的に彼女は何も変わらないのかもしれない。

私が、彼女の内面を見ていなかったに違いない、と気づき反省した。

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