第11話 難しい来訪者(2)

 協力会社訪問は、三社目まで順調に進んだ。

四社目は、得利金属である。以前のように来栖代表と現地で待ち合わせている。

私は、久しぶりに謝社長に会えることが楽しみだった。


 陽も暮れかかった頃、ようやく徳利金属に着いた。

正門には、硬い表情の来栖代表と、はちきれんばかりの笑みを浮かべた謝社長が出迎えていた。


 謝社長がいるだけで、まわりが明るい雰囲気になる。

私たちは、謝社長に案内されて会議室へ入った。

ひと通りあいさつを済ませた後、時間もないため、現場に出て作業確認をすることとなった。


「うわー、これちょっと、整理整頓出来てないですよ」

 現場に足を踏み入れると同時に、黒ぶちメガネが声をあげた。よほど、汚い現場だ、と思ったのだろう。現場をまわりながら、ひたすらダメ出しをした。


「これでは、不良が出るのもうなずけるなあ。天達さん指導したらしいけど、全然ダメですよ。ほら、あの作業者も空中作業やってる。治具で固定させずに作業したら、安定しないから不良出るのは当たり前ですよね。先ず、基本から出来てないですね」

 同意を得るように正木課長の方を見ている。


 私は、一瞬むっとした。

これでも以前に比べると、現場はかなりマシな状態である。

吉岡さんや来栖さんが何度も足を運んで指導したからだ。


 私だって、先週来て、チェックした。

謝社長は不在だったけど、現場の人にしっかりお願いしたつもりだ。

それをちょっと見ただけで、全否定してほしくない。

吉岡さんと来栖さんも、お客さんにそう言われては何も言えないようで、二人とも押し黙っている。


 私は、黒ぶちメガネの言葉を謝社長にも訳して伝えた。

すると、眉を吊り上げつつも、声を押し殺し気味にして切りだした。


「梶さん、この工場は吉岡さんや李さん、それと来栖さんにご指導いただいて、以前に比べて、かなりよくなりました。私は、彼らに感謝しております」

 謝社長は、落ち着いた声で、吉岡さんと来栖さん、ついでに私を立ててくれた。

でも、少し語尾が強くなっている気もする。


「いやいや、そんなことで満足されたら困るんですよ。上場企業でもある加賀美電器の仕事を請け負ってるんだから、不良品など市場に出せないのわかりますか? もっと意識高くしてもらわないと、今後の仕事は出せないですよ」

 黒ぶちメガネは若いせいか、失礼なことを平気で言う。


「ちょっと梶君、それは……」

 正木課長が言いかけた時、謝社長が声をかぶせて来た。


「いつも、たった千個単位でしか仕事出さないのに、品質ばかり厳しいね。千個以下もよくあるしね。欧州のお客は、千個以下の仕事なんか、来ないよ。一万個、いや十万個個単位さ。加賀美電器さんが、そんなりっぱな会社だったら、そのくらいの仕事出したらどうだい。他にできるところがあるなら持って行けばいいさ。どこに持って行っても、そんな少ない量じゃ受けてくれないからね」

 謝社長は興奮気味に言い切った。


 とても痛快だったが、言葉の意味をこのまま素直に訳していいのか、正直困った。

はっきり言うのが、謝社長の長所ではあるが、今回に限り、状況を考えてほしかった。

とてもお客様には言えないからだ。


 吉岡さんと来栖さんも、なんとなく意味を理解したらしく、二人とも困った顔をしている。

吉岡さんに相談すべきか、私は迷っていた。


「え、謝社長はなんて言ったの?」

 自分が作り出した嫌な雰囲気に気づかない黒ぶちメガネは、のんきな顔して聞いてくる。


 困った私は、助け船がほしくて吉岡さんを見た。

吉岡さんも、なんと言っていいか、わからないようで、「えー、あの……ですね」と言いにくそうにしている。

すると突然、横から落ち着いた声が発せられた。


「日本の会社は、品質が厳しい、と言ってます。欧州は、十万個、百万個単位で注文を出すから不良出したら大変だ、と。加賀美電器さんもそのくらいの数量を注文することありますか? と聞いてます」

 来栖代表は、謝社長の言葉を大幅に脚色して、黒ぶちメガネへ伝えた。


「そんな大量注文あるわけない。もしそんなに注文したとしても、不良の山でも築かれたら大変ですよ。先ずは、品質安定させてほしいですね」

 来栖代表は、黒ぶちメガネの言葉を、再び流暢な中国語で謝社長へ伝えた。やはり、少し脚色している。


「とてもそんなたくさんは出せないそうです。先ず、一緒に品質を良くしよう、と言ってます」

 続けて自分の考えも伝えている。


「お互い常識の違いもあったりして、わからないことも多いと思います。今日は、そのあたりを話し合いましょうよ、ねっ謝社長?」

 そう言って来栖代表は、皆を現場から会議室へ戻るように促した。


 お互いがケンカ腰になっている中、少し言葉の意味を変えることで、自分のコントロール下に持って行った来栖代表の調整力に感嘆した。


 しかも、中国語が堪能なのは知ってたけど、あんな臨機応変にうまく対応できるとは思いもしなかった。

今までは、通訳である私に配慮していたに違いない。この時初めて気づいた。


 その後の打ち合わせも、時折、来栖代表が大事なところの通訳サポートをしてくれたので、お互い納得した上で無事に終えることができた。


 私は、通訳とは、ただ正直に言葉を訳せばいいわけではない、と言うことを知った。


 その場のコミュニケーションが、円滑に進むように調整する、大事な役割を担っていることをひしと感じた。

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