第7話 トラブル初体験(3)

 中国企業と日本企業の違いは多い。

そのため、日本市場向けの考え方・やり方を中国人に教えないとうまくいかない。


 それは、五Sのような働く者にとっての基本についてや、技術・品質・納期に関することまで幅広くある。

また、人が辞めたとか、治具を使い忘れたとかで、日々、納期遅延や不良品の多発など、様々な問題が起きる。


 私から見ると、日本人はちょっと細か過ぎると思うことも多々あるが、日本ではあたりまえらしい。

日本人は完璧が好きらしく、一つの間違いも許さない。

百個作れば、一個くらい不良が出ると思うけど、たった一個の不良もなくすように要求する。


だったら、最初から五個くらい多く作ればいいのに、日本人的には認められないそうだ。

なかなかに難しいのである。


正直、そこまでの完璧さを中国人に求めるのは難しいと思うけど、日本人の仕事に対する真摯な考え方は勉強になる。


「いやあ、ごめんなさい。現場でトラブル起きて、ちょっと手間取ってしまって。打ち合わせは進んでますか?」

 謝社長は、突然現れるなり、まるで人ごとのように明るい調子で話しかけてきた。


 初めて見る謝社長は、来栖代表同様に作業着を着ていた。

しかし、少し違うのは、作業着の下には有名ブランドのロゴが入った黄色のシャツを着ており、胸元には大きな青く光る高そうなネックレスが見えた。


長くボリュームのある髪にフワフワのパーマをかけた髪型は、有名女優で同じ髪型を見たことがある。

泥臭さと洗練さが混じり合ったそのスタイルは、ワイルドさを醸し出しており、正直、かっこいい、と感じてしまった。


 私の横で吉岡さんは、そんな謝社長を渋い表情で見ていた。

得利金属は、来栖代表を通して、何度も指導している、と吉岡さんは言っていた。

 

 それでも、懲りずに繰り返し不良品を作り、納期遅れを起こす。

傲岸不遜な謝社長は、一筋縄では行かないとのこと。


 お願いしていた納期に「没問題メイウェンティ(問題ないよ)!」と言ってたのに、ひとつも出来ておらず、吉岡さんはいら立ち気味。


「謝社長、さすがに今回は、まずいんですよ。これ来週の水曜日までに出荷しないと、日本のお客さんに怒られます。それに、この部品が間に合わないと賠償問題になります。それに『船で送って間に合わないなら、飛行機に乗せて送れ』と言われるに違いないんです。そうなると、あの大きさと量だと、多大な費用がかかります。その費用は、得利金属さんで払ってもらえるんですか?」

 私たち天達が費用を持つことになると大変なため、吉岡さんは真っ青である。

私は、吉岡さんの必死な気持ちを、事細かに謝社長へ訳して伝えた。


「社員の子供が病気で、田舎に帰ってるから仕方ないのよ。四川省はここからだと、バスで片道三~四日かかるし、戻るのも同じくらいかかるでしょう。現地で一週間くらいいるとしても、来週の金曜日頃には戻ってくるでしょう。すぐにやれば、再来週の火曜日頃にはできるわよ」


「いや、なんで飛行機使わないんですか? 新幹線とかもっと早い交通手段もあるでしょう」

「吉岡さん、ワーカーがそんな高い乗り物使って、移動できると思いますか? 日本じゃないんですよ。彼女たちの賃金は高くないからね」

 謝社長は、中国のことをわかってないなあ、と言いたそうで、にやにやしている。


「もっと賃金上げてくださいよ! あっいや、それじゃあうちの仕入れも高くなるか。というより、他の人にやってもらって下さい。他にも出来る人はいるんでしょう」


「天達さんの仕事は数量が少ないからねえ。他の人は、フランス向けの仕事で一杯だから。なんとしても、来週末には出荷しないといけないの。月に二十万個の仕事受けてるからね。天達さんも千個などと言わず、十万個出してくれたら先にやるよ!」

 ひとこと言うと、何倍にもなって言い訳を返されて、来栖代表も吉岡さんも可哀そう。


 上海人は強いと聞いてたけど、ほんとマシンガンのようなトークである。

だけど、あの勢いで返されては仕方ない、何も言い返せないのだろう。


 謝社長の勢いは止まらない。

「まあ、十万個は無理よね。でも頑張るからさ。これから追加でワーカー雇い入れて、日曜日までにやって、来週の月曜日には届けるよ。それでいいでしょう」

「人雇うって……、すぐ見つかるんですか? 品質も大丈夫ですよね? いつもできたと思ったら、絶対と言っていいほど、不良が混じってるんだから」


「この近所で仕事探している人はいくらでもいるよ。新しい人は、フランスの仕事に回すから大丈夫。フランスは、二十万個も仕事くれるのに、品質で細かいこと言わないよ。天達さんは千個しか注文しないのに、納期と品質の催促ばかり。うちじゃなきゃ、日本企業の少ない仕事なんか受けてくれないよ」

 二時間以上に及ぶ打ち合わせがひと段落ついたこともあり、謝社長が、私に話しかけてきた。


「李静さん、あなたはどこの出身?」

「あっ、はい。私は吉林省延吉市の出身です」

「朝鮮民族だね。頑張りなよ。上海は、どこから来ようが一生懸命働いた人には絶対に報いてくれる街だからさ」

 私は、予想もしない謝社長の言葉に驚いた。


 普通、上海出身の上海人は、上海の外から来た人、特に漢民族以外の民族に厳しいものである。

今まで会った上海人の対応は、皆そんな感じだった。


「ありがとうございます。今の言葉を励みに頑張ります」

「今の仕事が嫌になったら、私にいいなよ。面倒見てあげるからさ」

 吉岡さんが何か言いたそうな顔をしてるが、私は謝社長の心ある言葉に舞い上がっていた。


「はい、今の会社、追い出されたらお願いします」

「おい!」

 吉岡さんは、今の中国語のやりとりがわかったようである。


 謝社長は、とてもおしゃれで美人。

その上、仕事もできる。ちょっと口が悪く、強引なところはあるけれど、私は好き。


 吉岡さんは苦手のようだが、私にはいい印象を与えた。

今回の問題も、最後はなんとかしてくれるだろう。

なぜか、そんな気持ちを感じさせる魅力的な人だった。


 話も終わり、私たちは工場をでた。

謝社長から夕食を一緒にどうか、と誘われたが、この後まだ予定があるから、と吉岡さんは引きつった表情で断った。


 別れ際に、吉岡さんは、来栖代表にキツイひとことをあびせた。


「来栖さん、うちは美和貿易さんにお願いしてるんだから、きちんと管理してくださいよ。こうやって私たちが出てくるようでは、管理費支払う意味ないですよ」

「すみません、これからは、もっとしっかり確認しますので……」

 来栖代表は、消え入るような小さい声で答えていた。


 ここへ来てようやく吉岡さんが言っていた『……なあ』の意味を理解した。

かわいそうだが、仕事だから仕方ないのだろう。

日本から一人で来て頑張ってるのに。

でも、そんなに来栖さんがダメなら、他の会社に仕事を出せばいいのにとも思った。


 日本人は厳しく管理・要求するのに、決断するところは甘い。

いつも、この繰り返しでこりないのは、決断することが嫌なのか、単なるやさしさなのか、一体どちらなのだろう、と考えた。


 その晩、蘇州に戻り、いつもの日本食屋 〈又兵衛〉で吉岡さんの愚痴を聞かされた。

 いつも、協力会社をまわった後はこうなる。


「なぜできると言ったのに、納期を守れないんだ!」

 吉岡さんは、酔っぱらって憤慨すると、ただでさえ大きな声が一層大きくなる。


 中国人も大きな声で怒ったように話すが、日本では、大声で話す人は多くないらしく、とても目立つらしい。


 以前、中国では、声が響くことを気にせず話せるので、自分に合ってる、と笑いながら話していたのを思い出した。


「『没問題メイウェンティ(問題ないよ)』なんて言ってたのに、問題あるじゃないか!」

「まあまあ、落ち着いてください。ささっ、一杯どうぞ」

「しかし、中国人は皆、『没問題メイウェンティ(問題ないよ)』と言うよね。どうしてなんだろう?」

 吉岡さんは、不思議そうな顔でたずねてきた。


「中国人は面子があるから『出来ない』とは絶対に言わないよ。それに、なんとかしてあげたい気持ちもあるね」

 私はそう言いながらも、中国人の持つプライドを日本人と比べることで、両者の違いを改めて強く意識した。


「気持ちはあっても出来てないし、面子立たないんじゃないの」

 吉岡さんは、まだ納得いかない感じだ。


「でも、なんとか人を雇い入れて、やろうとしてくれてるね。中国では、精一杯やってできなければ仕方ないと、相手も理解してくれることが多いよ。それに謝社長も言ってたけど、中国は日本と比べると、納期も品質もあそこまでしつこくダメ出しをしないね」

 私の中で謝社長のイメージが良くなっていたため、必死に弁護した。


「いや、でもさあ、謝社長も謝罪のひとことがあってもいいのに。来栖さんのように『すみません、すみません』て、謝りっぱなしもどうかとは思うけど」

 私は、来栖代表の生まじめな顔つきを思い浮かべた。


「中国人は、絶対に過ちは認めませんよ。認めたら負けですから」

「日本人は、〈謝る文化〉だもんな。礼儀の上で、謝ることが必要とされることも多いからなあ」

 吉岡さんは、少し納得したようだった。


「問い詰められて困った時に、中国人が必ず言う言葉があるよ。吉岡さんわかるか?」

「いや、なんて言うの」

没办法メイバンファ(仕方ないよ)」と。

「言ってた!」


 日本人と中国人の違いについては、いつも話題になる。

なまじっか、文化・常識が違うだけに、いい悪いで決めきれないところが難しい。

お互いに最後は、その結論に行きついた。

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