第5話 トラブル初体験(1)



 年末、仏教徒の多い中国でも、クリスマスシーズンはにぎやかだ。

特にカラフルなネオンが心を浮き立たせる。

誰もが、肌を隠す季節なのに、私は、ミニスカートのまま、ずっとネオンを見ていた。

延吉に比べれば、吹きすさぶ風も、なぜか心地よく感じた。


 私の日本語は、最初慣れないせいもあってたどたどしかったが、最近は、だいぶ流暢になってきた気がする。若さと吉岡さんの厳しいコーチのおかげだろう。


 近くで、許さんの日本語を聞くのも勉強になる。

うまいとはいえ、許さんも中国語の発音になりがちで、日本人と同じ発音は無理らしい。

でも、許さんのレベルまで行くことができると思えば、自分の成長が楽しみになる。


「リーチン、図面の日本語を中国語に訳して、メールしといてくれた?」

「はい吉岡さん、それさっき送りました」

「あれ急ぎだから、あさってまでに回答ほしいって、伝えておいて」

「わかりました。すぐ電話するね」

 このような、せわしないやりとりが日々繰り返される。


 大変だが、毎日が充実している。

延吉の頃のうっそうとした日々との違いを感じながら、母さんや弟の賢友は元気だろうかと思いをはせた。

今度、延吉に戻ったら、賢友にいっぱいおみやげ買って帰ろう、と考え、自然に笑みがこぼれた。


「おいリーチン、そろそろでかける時間だぞ。今日は、無錫と上海の協力会社を三社まわるからな。三社目の得利金属には、午後四時までに着かないといけないんだ」

 吉岡さんのあせりが伝わってくる。


「得利金属では、色々と問題が起こってるので、時間のかかる打ち合わせになると思う。もう九時過ぎだから、早く出よう!」

「わかりました。今、準備するよ」

「しかし『わかりました』や『ありがとうございます』は丁寧な日本語で言えるのに、どうして他の言葉は丁寧語で話せないんだろう?」

 吉岡さんは、不思議そうな顔をしている。


「それはね、『わかりました』や『ありがとうございます』は、単語をそのまま覚えるね。他はまだ無理よ。いや、無理ですよ」

 今度は、あきれ顔だ。


 私たちは、そんなやりとりをしながら、急ぎ会社の車に乗り込んだ。やっと来たか、と待ちくたびれた顔のワン運転手が、アクセルを思い切り踏み込んだ。


 一社目は蘇州と同じ江蘇省の無錫にある協力会社で、二社目は上海の青浦区にある会社へ行く予定となっている。


 それぞれ移動で一時間、打ち合わせで一時間から二時間、昼食の時間も取らないといけない。

そう考えると、四時に徳利金属のある松江区に行くのは、かなり厳しい。


 私たちは、一社目・二社目と駆け足で打ち合わせを進めていった。

昼食をとる時間もないので、高速道路のサービスエリアに売っている湯包タンパオとちまきを買って食べた。


 本場の湯包のおいしさには感動した。

湯包は蘇州名物で小龍包に似ている。

小龍包シャオロンパオよりも甘く、中の肉汁が多いのが特徴である。

食べ方を知らないと、熱い肉汁で口の中をやけどする。


 食べ方は人それぞれであるが、私はれんげの上に湯包をのせて、はしで少しだけ皮に穴をあける。

そこからあふれでてくる、やけどしそうなほどアッツアツのスープを吸うと、甘さを含んだ肉汁が口の中にうま味と一緒に流れ込む。

その後で、肉汁をたっぷり吸い込んだ肉と皮を一気にほおばると、熱さとうま味が混じり合い、自然と頬がゆるんでくる。今では、私の一番のお気に入りだ。


 ちまきも、もち米の中に色んな具材が入っていて、様々な味を楽しめる。

私は、栗と鶏肉入りのちまきを食べた。

吉岡さんが教えてくれたが、日本風に言えば〈ほっぺたが落ちる〉ほど、おいしかった。


 中国八大料理のひとつとも言われる江蘇料理だ。

今までの延吉で食べていた料理とは全くちがう。


 改めて中国の広大さと多様さを実感した。

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