第五章(序章の序章) 日下部修二の強欲
僕の名前は日下部修二、中堅私立大学の医学部2年生だ。両親は精神科医母をやっていたが母は僕が幼い頃に患者に殺され、父も数年前に火事で死んだ。
そのような境遇であるから、世間は僕に同情的だが、僕は自分のことを勝ち組だと思っている。なぜなら、親が残してくれた莫大な遺産と明晰な頭脳のおかげで、金にも学業にも女にも苦労することはないからだ。
そんな僕の最近の唯一の悩みは、人生が退屈であると感じてきたということであった。日々の生活に不満はないが、つねに新しい刺激が欲しいという強い欲求がくすぶっていた。
ある日、僕は父の書斎に入った。僕の父は仕事人間で、家にいる時も書斎に篭り切りであったので、父との思い出はほとんどない。書斎に入ったのも、亡き父への思いというよりは、単なる好奇心であった。
書斎には高学歴の僕でも読むのが嫌になるような難解な書籍がズラリと並んでいた。僕は何かに導かれるように一冊の微生物学の本を手に取った。そこには隠されるように手書きのノートが挟み込まれていた。
埋蔵金を見つけたような気持ちで僕はそのノートを開いた。そこには料理のレシピのようなものや、意味不明な数字やアルファベットの羅列が書かれていた。単なる料理や買い物のメモとも思えたが、父が料理をしている姿など一度も見たことはなかった。ここには「何か父の秘密が隠されているに違いない」と考えた僕はノートに隠された暗号を解くことにした。
一晩かけて暗号を解き、そのノートの意味することを何となく理解した。どうやら父は新しい向精神薬のようなものを作ろうとしていたらしい。
日常に退屈していた僕は父の残したノートを頼りにその薬を再現することにした。
大学も冬休みに入っていたので、僕は自宅にこもり、薬の開発に没頭した。一般人では手に入れられないような薬の材料は大学の薬品庫からこっそり持ち出した。
一か月かけて薬の試作品ができた。早速、僕はその薬の効果を試したくなった。最初は友人に試そうかとも思ったが、後々面倒になりそうであったので、自分に試すことにした。
未知の薬を投与するリスクを許容してしまう程度に、僕は人生に飽きていた。僕は、注射器を自分の腕に刺し、薬液を入れた。
数秒後、ちょっとした光が脳内に散らばり、少し気分がよくなった。さらに数分後、僕の頭の中は今までにないくらいクリアになっており複雑に入り組んだ思考を同時に高速で行うことが可能になっていた。
僕は新しく手に入れた能力に興奮がやまず、しばらくの間、2冊の本を同時に読んだり、左右の耳で違うラジオ番組を聴いたりして遊んでみた。気がついたら深夜になっていたが、全く眠たくならない。この薬は睡眠すら必要としないらしい。
唯一の問題として、かなり喉が渇きやすくなるようになるが、得られる効果に対する副作用としては微々たるものだ。
素晴らしい能力に酔いしれながら様々なことに思考を巡らせていたところ、僕にある疑念が浮かんだ。
「もしかして父は殺されたのではないか。」
この素晴らしい薬の開発が外部に漏れていたとすると、父を殺してでも欲しがる人間がいてもおかしくはない。父は、きっと何かの組織から命を狙われたのだ。いてもたってもいられなくなった僕は、この真相を確かめるべく、近くの交番まで自転車を漕いだ。
交番で対応したのは太った警察官であった。僕は、父のことを話し始めたが、太った警察官は何のことか分からないという反応であった。むしろ、本当は真相を知っていながら理解しようとしていないように感じた。その態度を見て、僕にもう一つの疑惑が浮かんだ。それは父の死を事故だと判断した警察も、父を殺した組織とグルであるとの考えであった。そうであるなら、警察に相談したことは致命的なミスだ。幸いその警察官は眠そうであったので、隙だらけであった。
僕はたまたまポケットに入れていたナイフで、その警察官を滅多刺しにした。
太った警察官が動かなくなったのを確認してから、僕はその警察官の拳銃を抜き去った。その警察官を殺した目的は口封じのためであったが、組織に対抗できるだけの武力が必要だった僕にとって、拳銃を入手できたことは大きなプラスである。
しかし、このままでは僕はただの殺人犯になってしまう。自分の行いが正当であるということを世間に証明するために、僕は廃墟となった父の病院に行き、自分の考えを肯定する証拠探しに明け暮れた。しかし中々決定的な証拠は出てこない。僕はもう48時間ほど寝ずに動いていたので流石に眠くなってきた。
僕は、廃病院のベッドの上で眠りについた。どれくらい眠ったか分からないが、僕は人の気配を感じとり目を覚ました。ここは廃病院で誰もいないはずである。すぐに秘密を知ってしまった僕を始末するために組織が送った刺客であることを僕は理解した。刺客は3人いた。僕は拳銃を発砲し先制攻撃を試みたが、初めて使う拳銃は上手く使えず一番弱そうな女の足をかすめただけであった。
その後、僕の必死の抵抗も虚しく、僕は刺客の一人に腹を刺された。薬の影響か痛みはあまり感じなかったが、出血量が多いからか、全身に力が入らず、僕はその場から動くことができなかった。
僕は父のメモを発見したことを後悔していない。父の死の真相を知ることができたのだから。
これでやっと父と母の元へ行ける。
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