第三章 岡部陸の嫉妬
謎の男との戦闘の後、俺は清吾を背負いながら、四宮と共に廃病院から逃げ出していた。外は暗くなっていたが、俺の心は、さらに黒い絶望に包まれていた。
俺は、謎の男を殺してしまったことより、危険な場所に清吾と四宮を連れてきたことを後悔していた。
「ごめんな、四宮。こんなことになるなんて…。」
俺がそう言うと、四宮は、涙を流しながら「仕方ないよ。」と俺を慰めた。いつものように怒って俺を責めない四宮を見て、俺は本当に取り返しのつかないことをしたのだと理解した。
車に到着し、俺は後部座席に清吾を寝かせた。足を引きずっていた四宮が助手席に乗るのを手伝い、俺は運転席に乗った。俺は力強く車のエンジンスタートボタンを押した。しかし、車は全く動かない。俺は頭を真っ白にしながら、必死に車の鍵を探したが、どこにも見つからない。どうやら、謎の男との死闘を繰り広げた際に、鍵を落としてしまったようだ。
俺は四宮に鍵がなくなったことを告げ、一人で探しに行くと伝えた。四宮は鍵をなくした俺を責めるどころか、足が痛くて一緒に鍵を探しにいけないことを詫びた。俺は自分が心底情けなくなり「本当にごめん」と言い、逃げるように車を去った。
もう二度と行きたくない先程の場所へ、俺は息を切らしながら急いだ。先程の場所まで戻った時、俺はスマートフォンのライトで床を照らした。謎の男は先程倒れた位置と同じところに倒れていた。床には、一人の分とは思えないほど量の血が拡がっており、男がすでに死んでいることは明白であった。
その血の海の中に、男のものと思われる財布が寂しく転がっていた。俺は、男の正体を知りたいという衝動に駆られ、血だらけの男の財布を人差し指と親指だけで器用に拾い上げた。
財布の中には学生証が入っていた。名前は『日下部修二』というらしい。驚くことに、俺と同じ大学であることが分かった。さらに驚くことに男は医学部生であった。俺の大学は世間的には中の上くらいの偏差値の私立大学であったが、医学部となると話は別である。俺には、なぜ富と才能に恵まれたエリートがこんなに狂った凶行に走ったのか、理解できなかった。
今はこんなことを考えている場合ではないことを思い出した。俺は必死に車の鍵を探したが、どこを探しても車の鍵は見つからなかった。焦燥感と不安感がピークに達したとき、おそるおそる男の死体を転がすと、車の鍵はその下にあった。その際に男の腹に刺さっていた俺のお気に入りのサバイバルナイフも返してもらった。
俺は先程よりもさらに早く走って車に戻った。これでやっと二人を病院に連れて行ける。安堵した俺は自分の喉が焼けつくように渇いていることに気がついた。二人を病院に連れて行ったら何か飲もう。
しかし、安堵したのも束の間、車に戻った俺が目にしたのは地獄のような光景であった。
車に戻ると、助手席にいる四宮がぐったりしていた。よく見ると首からは大量の血が流れている。俺は慌てて四宮に何があったのか問いかけると、彼女は、か細い声で「清吾くんに刺された」と答えた。
今まで経験したことのないほどの怒りが込み上げてきた。俺は四宮が清吾に好意を抱いているということには、とうに気づいていた。二人が幸せなら四宮のことは諦めようとも思っていた。それなのに。
俺は怒りをなんとか鎮めながら、四宮を治療することを考えた。俺のリュックに入っていたタオルで四宮の出血した箇所をきつく圧迫すると、奇跡的に四宮の出血は止まり、彼女は落ち着いたように眠りについた。
俺が四宮を病院連れて行こうと運転席のドアに手をかけた時、背後に気配を感じ振り返った。
そこには、闇の中で俺の方を見ている清吾が立っていた。
俺は怒り狂いそうになりながら、清吾に、なぜ四宮を刺したのかを聞いた。清吾は、何も答えずニヤニヤしながら、手に持っていたサバイバルナイフを俺に向けた。
俺は、自分の殺意を感じる間もないほどの早さで動き、清吾の胸にサバイバルナイフを突き刺した。清吾はあっけなくその場に倒れた。
急いで運転席に戻ると、四宮が目を覚ましていた。俺は今の光景を四宮に見られたか心配になったが、どうせすぐに分かることだと思い正直に俺が清吾を殺したことを伝えた。
意外にも四ノ宮は「岡部がいるから大丈夫」と笑顔で答えてくれた。俺は四宮と二人ならどこへでも行ける気がした。そのとき、遠くから近づいてくるサイレンの音に気づいた。
実は俺が車を離れた直後、携帯の電波がかろうじてつながり、四宮が警察に通報してくれていたらしい。俺は四宮の手を取り一緒に車から降りた。外は満天の星で、俺と四宮は二人で並んで、ぼんやりとそれを眺めていた。
その幸せな時間も束の間、駆けつけたパトカーから一人の若い警察官が降りてきた。その警察官に事情を説明しようと近づいた時、俺の胸に強い衝撃があり、俺はのけぞるように後ろに倒れた。
それから衝撃のあった箇所に焼けた鉄の棒を突き刺されたような痛みと熱を感じた。なぜだか分からないが、警察官が俺に発砲したようであった。心霊現象で、みんなおかしくなってしまったのだろうか。
俺は人生の最後の時であることを悟り、四宮の手を握りしめたが、彼女がその手を握り返してくれることはなかった。
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