第二章 藤井清吾の怠惰
俺は墨汁の中に沈んだような闇に包まれていた。周囲には何一つ存在せず、ここがどこであるかも定かではないが、夢の中にいることだけは疑いようのない事実であった。闇の中を進んでいくと、目の前にうっすらと岡部と四宮の後ろ姿が見えた。
俺は、基本的には面倒くさいことが大嫌いで、拗れた人間関係というものを避けるように生きていた。
そんな俺が岡部と行動を共にしていたのは、アイツは一人で場を盛り上げ、電話一本で車を出してくれる都合の良いやつだからだ。四ノ宮も同様に、様々な形で僕の身の回りの世話を焼いてくれた。二人には感謝の気持ちを抱きつつも、他者に依存する傾向を持つ彼らの性格は、俺の目から見れば格下に見えてしまっていた。
夢の中で、二人は俺に背を向けたまま遠ざかっていった。俺は二度と二人には会えないのではないかと感じ、彼らを呼び止めようとしたが、その瞬間、夢から目覚めてしまった。
目が覚めると、右目がまるで矢でも刺さっているかのような激痛に襲われた。その痛みを通じて、四宮を襲った謎の男との闘いの記憶が甦ってきた。
俺は岡部の車の後部座席に横たわっていた。誰が俺をここまで運んだのだろうか。体を起こし左目の視界を巡らせると、岡部も四宮も謎の男も見えなかったが、助手席には見たこともない何者かが動いているのが確認できた。
俺は息を飲み込み、その異形を見つめた。それは、何となく顔らしい部分をこちらに向けた。
その姿は、まるで俺がハマっているゾンビゲームから抜け出してきたかのようであった。悪夢であってほしいと願ったが、見えなくなった右目の痛みが、これは現実であると知らせていた。俺はしばらくその怪物を見つめ続けた。少しの間、無言の時間が続いた後、その沈黙を破るかのように、怪物はうめき声を上げながら鉤爪のついた腕を私に伸ばしてきた。
俺は瞬時にリュックからサバイバルナイフを取り出し、全力で怪物の首元に突き立てた。
その怪物が苦痛に喘ぐ姿を見届けることもせず、俺は車から飛び出した。
頭がおかしくなりそうになりながらも、俺は古びた病院から離れるように走り続けた。どれだけ走り続けただろう。俺は少し冷静を取り戻して、一つの大きな問題に気がついた。それは、どの道を通って帰ればいいのか、全く分からないということであった。
俺は初めてここに来たし、ここに来るまでの途中、うたた寝していたので、分かるはずがなかった。助けを呼ぼうにも俺のスマートフォンは電池切れで、使い物にならない。
俺は呼吸を整え、混乱した状況を整理し、岡部と四宮を探すことに決めた。二人を助ける義務があると思ったわけではない。彼らと再会すれば、俺の生存確率は少しでも上がるだろうし、もし岡部が息絶えていたとしても、彼の車の鍵と車を手に入れるべきだと思ったのだ。
俺は、来た道を歩いて戻った。走っていたときには気づかなかったが、思いのほか遠くまで来てしまっていたらしい。喉がカラカラに乾いていた。俺のペットボトルは岡部に預けていた。俺は、彼の存在のありがたさを改めて感じながらも、自分の生存のために彼の無事を祈った。
やっとの思いで岡部の車に戻ったとき、俺は信じられない光景に出くわした。
それは、岡部の服を着た先ほどとは違う怪物だった。俺は人の服装などいちいち覚えていないが、こんな品がないロゴの入った赤い服を着ているのは、この世で岡部だけだろう。
俺は戸惑いつつも、この怪物が変化した岡部なのか、それとも岡部を殺してその服を奪ったのか、判断することができなかった。しかし、どちらにせよ、俺はこの怪物を倒さなければならないという結論に達した。岡部の敵を討つために自らの命を危険に晒すつもりはなかったが、岡部の車の鍵を手に入れるという目的は、戦うに足る理由となった。
その化け物も俺の存在に気がつき、おぞましい表情とけたたましい鳴き声で威嚇してきた。サバイバルナイフが有効だということは先程の戦いで証明されていた。俺がナイフを構えた瞬間、怪物は猫が獲物を仕留めるかのような速さで役に立たなくなった俺の右目の方向に動き、姿を消した。
怪物を探そうとしたが、怪物を見つける前に、俺の腹部に経験したことのない痛みが走った。視線を下げると、怪物の鉤爪が俺の胸に深く突き刺さっていた。痛みに堪えかね、俺は膝から崩れ落ちた。
意識が遠のく中で、四宮が謎の男に襲われたとき、なぜ俺は危険を冒してまで彼女を助けようとしたのかを考えていた。
俺はどうやら、心の奥底では、岡部や四宮のように人間愛に溢れた人になりたかったようだ。
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