第14話 最後の家庭訪問
僕は通学路を駆け降り、高田家へと急ぐ。
「はぁ……はぁ……っ!!」
先ほどから肺が悲鳴を上げている。
みっともなく腕を振り、足がもつれそうになりながらも僕は懸命に走り続ける。ここ数年インドア派の人間に突然の運動は刺激が強過ぎた。
そもそも何で僕は走っているのだろう?
別に普通に高田家へ向かい、淡々と用事を済ませれば良いだけのはずだ。
そもそも何で僕はあの子に入れ込んでいるのだろう?
僕らはただ偶然出会い、ゲームをするだけの仲のはずだ。
声を聞いたのもつい最近になってからで、顔を合わせたこともない。
「ぐ……っ……はひぃ……ぃ……っ!!」
それでも僕の足は止まらない。
遅くとも、みっともなくても僕は急ぎ続ける。
まるで、急がなければ何かに間に合わなくなってしまうかのように。
その何かはまだわからない。
けれど、このまま彼女を一人ぼっちにしてはいけないと思った。
牧村楓は恐らく何かを隠している。そしてそれは当人同士の問題である。
僕のような外野がどれだけ足掻がこうが、まだ足りない。
たとえ真相が見えてきても、僕だけでは真実を掴むことはできないだろう。
きっと牧村楓を攻略する最後の鍵は
もしかしたら当人ですら見落としている問題も、外野から見れば明白なことなのかもしれない。たとえ真実を掴むことはできなくても、攻略の足掛かりやきっかけになるかもしれない。
だから
ピンポーン♪
高田家へ到着した。
インターホンを押してから、まずは荒れた呼吸と散らかった考えを整える。
「…………」
沈黙。
恐らく今、恵梨さんは家にいない。
奇しくも状況は初めて高田家へと訪れた状況と同じである。
そして、恵梨さんがいないのはそれはそれで好都合であるのだが、返答が無い限り今の僕に打つ手は無い。
ピンポーン♪
もう一度インターホンを押す。
これで返答が無ければ出直すべきだろう。その場合はまた違う手段を講じることになるが、それはなるべく使いたくは無い手だった。
願わくば出てほしいと思っていると
『……ザッ……』
声はしないが、インターホンから微かにノイズのような音が聞こえた。
「……高田さん?」
『……』
返事はない。
でも、受話器の前に誰かはいる。
だったら良い。構わず僕は声を届けるのみだ。
「2年A組の紬久遠です。高田ユニさんでしょうか?」
『……』
「突然来ちゃってごめんなさい。高田さん、今日は君に聞きたいことがあるんだ……牧村楓について」
『……っ』
「君は自分の意思でそこにいるってことも、今僕がこうしてここに来ていることは余計なお世話だってことはわかってる。だけど……それでも、僕はこの状態を良いものだとは思えない。牧村はきっと君に言えない何かを隠している」
『な、なにを……いって……いるんですか……っ」
「高田さん」
『突然、なんですか?……か、牧村さんと……私とのことを……なんで、あなたに言われなくちゃいけないんですか』
彼女は怒っている。
母親の話からは他人に対しての興味が薄いはずの高田ユニが、牧村のことを僕のような外野に指摘され、苛立っている。
やはりこの2人は
『帰って、ください。あなたと話すことは……ありません』
そういえば彼女から明確に拒絶されるのは初めてだ。
それだけ牧村とのことは大切で、他人に荒らされたり探られることは嫌なんだろう。
だが、詰めが甘い。
この子はまだまだ人を知らない。
インターホンの受話器を切っていないのがその証拠だ。
人を拒むなら徹底的にやるべきである。
かつての僕がそうだったから。
だからこうして甘さにつけ込まれるのだ。
「わかった。……一つだけ、一つだけ質問に答えてくれたら何も言わずに僕はもう帰るし、この家には2度と来ないよ」
『……』
「沈黙は肯定とみなすよ。じゃあ」
「 ?」
ここまで細工は隆々首尾は上々……と言いたいところだけど、不安要素はやはりある。
高田ユニとの会話から、僕は牧村との間に何があったのかある程度察しがつき始めていた。しかし、確信はまだない。
証拠と呼べるものはないし、最終的にはやはり本人からの自白がないと僕の考えは妄想の域を脱さず、この数日のあれこれは無駄な徒労に終わるハメになる。
別にこの問題が解決しなくても、誰かが死ぬわけじゃないので僕らの人生は何事もなく続いていく。
僕がフレンドを1人失うだけの話だ。
……うん、やっぱり嫌だなそれ。
だって僕らの関係はまだ始まったばかりじゃないか。
僕はこれからもバスターブレイドをモンスターに叩き込む彼女を間近で見ていたいし、ゲームを通じて彼女の魅力を知っていきたい。
せっかく出会うことができたのに、現実のこんなしょうもない出来事でそれが無くなってしまうのは悲しいし悔しい。
……なんだ。
理由なんて、いくらでもあるじゃないか。
「ね、君もそう思わない?」
いつものように……いや、いつも以上に彼女の眼には僕への敵意が満ちているように見える。
僕はそれに気づかないフリをしつつ、けれども眼は逸らさずそのまま彼女に問いかける。
「牧村さん」
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