第13話 仁木円

「……あんた誰?」


 鋭い言葉が僕に突き刺さった。

 制服は着崩され、プリンみたいな髪色をしている。口を覆う黒いマスクや先ほどから睨め付ける目つきはぱっと見、ヤンキーのそれだ。

 桜の友人と聞いたので、きっと不思議ちゃん系の子かな?と思い込んでいた僕だったが、実際に現れた仁木円を見て正直縮み上がりそうだった。

 いや、恐るな僕。

 頼れる情報源はもうあまりないんだ。これ以上贅沢も言ってられない。ここは心を強く保ち、少しでも高田ユニのことを聞き出すんだ……!と思っていたその時だった。


「お食事中ごめんね。僕は2-Bの紬久遠、一応桜の友達なんだけど……ん?」


 恐れを振り払い、気丈に対話を始めようとした僕だったが、自然と仁木の手元へ視線が吸い寄せられる。

 そこにあったのは見栄えの良い食材たちがぎっしり詰まるファンシーなキャラクターがプリントされた弁当箱だった。

 あのキャラクターは確か……【コツメキャワウソ】……だっけ?

 そういえばカワウソをモチーフにしたゆるキャラが世間で流行っていたような……。


「な……なんだよ?なんか言えよ」


「いやぁ随分可愛らしいお弁当だね。それ手作り?」


「たりめーだろ。高校生にもなってお母さんに作ってもらうわけにもいかねーよ」



 ……あ、この子いい子だ。

 猛獣みたいな見た目してるけど、中身はポメラニアンだわ。


「そのタコさんウィンナーもらっていい?」


「なんで初対面のテメーにやんなきゃいけねーんだよ」


「言ってみただけ……隣座るね」


「あっ……てめ……っ!!」


「まぁまぁまぁ」


「オマエホントなんなんだよ……はぁ……んで、用件は?」


「高田ユニって子を知ってる?」


「高田?……知ってるよ。それがどうした」


「1年の終わり頃、高田ユニと牧村楓が言い争いをしていたって話を聞いたんだ。……そして、その目撃者のことも」


「志波のヤツか……!!」


「桜を責めないであげてね。僕の方が強引に聞き出したんだから」


「いや嘘だろ。嬉々として話すぞあいつなら」


「あ、やっぱり?すぐバレる嘘はよくないね」


「わかってんなら余計な小細工すんな」


「じゃあ聞くね。その時、2人はどんな会話してたか覚えてる?」


「……全部覚えてるわけじゃねぇ」


「分かる範囲でいいんだ。教えて欲しい」


「話したらさっさと消えてくれ」


「約束する」



 あれは終業式の終わって、体育館から教室に戻ろうとした時だった。

 廊下は戻ろうとする生徒でいっぱいだったから、あたしは人通りが少なそうな裏道使って帰ろうとした。

 しばらく歩いていて、私以外の生徒もいなくなってきたその時だった。


「〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」


「……っ…………」


 誰かの声がする。

 場所は桜ベンチの一角。

 奇しくもテメーとあたしが今いるこのあたりだ。

 つい気になって声がする方向を見てみたら、あいつらがいた。

 高田ユニと牧村楓だ。

 詳しい会話まで聞こえなかったけど、何やらケンカしてるみたいだった。

 別にあいつらと面識があるわけじゃ無かったけど、あの二人の仲はあたしの耳にすら入ってくるほどだったから、意外だなと思ったよ。

 盗み聞きなんて趣味じゃねーし、さっさと立ち去ろうとした。

 そしたら


「ユニ……っ!!あんたが……そんなんだから……!!」


「か、楓……ちゃん?」


「……もういいわ」


「え……?」


「ユニ……私たち、もう一緒に遊ぶのはやめましょう」


「え……え……っ?」


そして牧村のやつは高田に対してひたすら言葉をぶつけていった。正直聞いてるこっちが滅入るくらいにキツイもんだった。悪いがここは割愛する。そして全てを言い終えた後


「あなたが消えないなら、私が消えてあげる」


牧村は背を向け、その場から立ち去ろうとした。


「ま……まって!……楓ちゃん!!」


「さようなら、高田さん。……今まで楽しかったわ」


 そう言い残し、牧村はさっさといっちまった。

 後に残されたのは呆然とその場に立ち尽くす高田と、それを見ていたあたし。

 あたしも高田に気づかれる前にさっさと消えることにした。

 事情も知らないあたしが下手に声をかけてもどうにかなるとは思えなかったしな。


 そこから今日まで高田の姿をあたしは見ていない。




 仁木円から聞いた内容は、桜から聞いた内容と概ね相違はない。

 ただ一部しか聞いてなかったとはいえ、その内容は思ったより重そうだ。

 一連の流れを要約すれば、仲良しの高田ユニと牧村楓にがあり、その関係の破局は1年生の終業式に訪れた。春休みが明けても高田ユニは今に至るまで学校に来ることはなく、牧村は他の女子たちとつるみ始めた。

 周囲からの情報を推測でつなぎ合わせてできた時系列がこんな感じ。

 牧村には睨まれ、久村に呆れられ、安藤先生に無茶振りされ、桜にからかわれ、そして仁木に鬱陶しがられて得られた結果がこの程度だ。

 これだけ手間をかけ、時間をかけ、心を折っても人間一人のことも知ることはできない。

 ゲームだったら攻略本なり現代ならインターネットを駆使すれば一瞬なのになあと思うことも、現実はこんなものである。だけど


「無駄じゃない」


 時間はかかったけれど、この数日間の努力は決して無駄では無かったと思う。

 高田ユニが不登校になってしまった原因は、やはり牧村楓との決別にある。

 この問題を解消できれば、もしかしたら彼女はまた学校に来るかもしれない。

 それがわかっただけでも、大きな進歩だ。

 次にやることが決まった。

 教室に戻り、授業を聞き流しつつ僕は放課後を待ち続ける。


 最後の家庭訪問だ。

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