第15話 大丈夫?



――カランッ



「!」


手に持っていたナイフを床に落とし、両手をあげるキヤキ。


「これで......戦意がないこと、信じていただけますか」


「ナイフをこっちに蹴って」


そう僕が言うと、キヤキは言われたとおりにこちらへナイフを蹴り渡した。


「少し、お話をさせていただいても?」


僕はナイフを手に取りキヤキへ向けた。


「なに?」


「誤解を解きたいのです。あなたは少々勘違いをされている」


「誤解?」


「はい。......我々はこの花屋に貸したお金の回収に来ただけなのです。本来、争う気は無かった......しかし、彼女らに返済する能力が無く、そちらの娘メイに仕事を斡旋しようとしていただけなのです」


「......仕事を斡旋、か。でも見てよ、この惨状。話し合いに来てこうはならなくない?」


「......(このガキ、マジで何なんだ?妙に修羅場慣れしているというか......気味が悪い)」


キヤキは表皮に貼り付けた笑みの裏で計算する。できるだけ会話を長引かせ、シオンの魔力を削る。


魔力消費の大きいであろう、ヤツの能力。メイの母親にも同じものが使われているであろう、付与された魔力が見える。そして、魔力消費が激しいことを裏付ける事象があった。


(ガキの纏う魔力がだんだんと少なくなってきている)


熟練の能力者なら、こうした会話中にも攻撃される危険性を考え、魔力維持を怠らない。


(......このガキは、恐ろしいことに上級能力者と遜色ない戦闘力だ。会話中の魔力維持を怠るなんて些細なミスはしないだろう......なのに魔力が揺らいでいる。つまり、維持出来ないほど魔力を消耗しているということ)


魔力さえ無ければただのガキ。そうキヤキは考え、しかしその通りだった。子供のシオンが戦闘慣れした大人二人と渡り合えているのは、魔力で強化した肉体があっての事。


魔力のないシオンはただの子供になる。


キヤキは頷いた。


「......まあ、そうですね。私らもやり過ぎたと思っています。なので、どうでしょう?見逃していただけるのであれば、花屋の借金をゼロに......店の修繕費とお二人の医療費もださせていただきましょう」


「その言葉、本当?」


キヤキは少し驚く。その話を鵜呑みにされるとは思わなかったからだ。


(このガキ、賢そうに思えたが......やはりガキはガキだな)


「ええ。書面を書きましょう。嘘ではないという証です」


懐から出した一枚の用紙と、筆。サラサラと筆を走らせ、契約書を作成する。


「見ていただいても?」


馬の首の血が散っている床。それはキヤキにとって好都合だった。紙である契約書を床に置き血で汚すことはできない......シオンへと近づく大義名分が立つからだ。


一歩、シオンへ契約書を見せるため近づいた。すると、シオンはその契約書を見にキヤキへと寄っていく。


(ああ、やっぱり......ただのガキだ。ふふっ)


「――がっ!?」


ドスッ、と魔力を纏わせた筆でシオンの喉を突いた。そして、素早くナイフを取り上げ距離を取る。


「ぐふっ、あっ――が」


「シオンくん!!?」


うずくまり、首を抑え苦しむシオン。そしてその光景を目の当たりにしたメイは、ボニタが殺された恐怖心を思い出す。


「はははっ、こんな手に引っかかるなんて!やはりガキはガキ!大人を舐めるからこうなるんですよ〜!ふはっ」


(ガキの魔力がどんどん弱まっていく!これは確実に急所にヒットしている!!)


「ホントにバカですよね、キミ。こんな小汚い花屋なんて、命を失うに価しないだろうに。あ、そうか......キミ、メイのお友達ですか?」


(これなら、楽しんでも問題ないな)


キヤキはメイへと近づく。


「これは、罰です。大人に逆らった悪い子がどうなるのか.......メイをあの馬のようにしてあげましょう。よく見てなさい」


シオンは膝をつき左手がぶらりと力なく落ちていた。右手で首をおさえ、最早死を待つ他ない。


「くくっ。下らない正義感や愛情などで一番大切な命を落とすなど、阿呆の極み......ホントにキミ、あたま大丈夫ですか?」


キヤキはメイへと向かい一歩を踏み出す。


その時、違和感に気がついた。



――グッ、と歩こうとしても



「......か、?」


(な、なぜだ!?ちゃんと距離をとって触れられないように......ハッ、ま、まさか)


足元を見ると、馬の血がシオンの足元まで広がっていた事に気がつく。そして、その血液を媒介にシオンの魔力が流れてきているのがわかった。


「お、おまえ......床の血を使って!!?」


死の淵に追いやられていたはずのシオン。何事も無かったかのように、スクッと立ち上がる。


「いやあ、あんなバレバレな作戦......普通にわかるでしょ。あたま、大丈夫?」


筆が当たったはずの首にも傷はなく、シオンはあの刹那に魔力でガードしたのだとキヤキは瞬時に理解した。


ギリッ、と苦虫を噛み潰したかのような表情となるキヤキ。


「い、いや、それでも!おかしいだろ......なぜ魔力が戻っている!?もうお前の魔力は尽きかけて......」


その時、キヤキがみたシオンの纏う魔力量。それが最初に見たときの物よりも大きく力強く見えた。そして気がつく。


「......て、手加減してたのか」


「正解。まあ、手加減とは少し違うけどね。僕の魔力量の限界をみせたら、例えそれが偽の限界でも君たちは殺せると思って油断するでしょ?だから魔力が尽きたふりをして偽のゴールを用意したんだ......要するに罠だよ」


「......ば、化け物過ぎる......こんなガキが、いるだなんて」


「命をかけた戦闘において、油断は最大の敵。これ、お母さんの受け売りだけど......ほんとにそう思うよ」


シオンは魔力を集中させた拳を振り上げた。


「た、たのむ!ゆるしてくれ!!ゆるしてくださいっ!!お願いします!!金もいい!!払う!!いくらでも払う!!」


涙と涎をたれ流し、必死に懇願するキヤキ。その表情に虚偽の匂いはしない。生まれて初めて死をリアルに感じた男の、本気の命乞い。


そして、その命乞いを聞いたシオンは、ニコッと笑いこう言った。


「そう言った人を、お前は許したの?」


――ドゴオオッ!!っと、脇腹を殴りつけられたキヤキは壁に激突し、失神した。


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