第10話 華
魔力を脚に集中し、岩壁を蹴りつけ跳ぶ。ボゴンッ!と蹴られた場所が吹き飛び崩れ去る。
が、ぎりぎり。彼女の居る岩場が押し流される寸前、僕は空中で少女を抱きかかえ対岸へ避難することに成功した。
「あぶねー」
脇に抱えた少女はキョロキョロと周りを見渡し、呆然としていた。
「......え?わ、私......なんで」
挙動不審の彼女。やがて僕と目が合い、少女は真顔になった。まるで街で偶然嫌な奴に出くわしたときのような、そんな表情。あ、やべえ〜。みたいな。......なにこの例え?
僕は胴を掴まれた猫のような彼女を下ろし、とりあえず安否確認をする。
「大丈夫?怪我とかない?」
「あ、は、はい......えっと、すみません」
今さっき死にかけたからか、それとも性格なのか、彼女は目を合わせずに謝罪をした。視線が泳ぎまくっていて、既視感を覚える。
(......なんか、既視感が。なんでかわからないけど)
「なんともないなら良かった。ってか、こんなところで何してたの?」
「......そ、それは、あの、その」
両手を胸の前にくんで壁を作ってる。これは多分人と話すのが苦手なんだ。
彼女が話し出すのを待っていると、顔を赤くしてうつむいてしまった。よくみると涙目になっていて今度は僕が焦る。
「ご、ごめん、別に責めてるわけじゃなくて!答えなくても大丈夫だから!」
ホントに苦手なんだな。もう対人恐怖症レベルなんじゃ。とりあえず落ち着くまで待つか。
僕は壁に背を預け、暇なので彼女を観察する。
(いや、しかしあれだね。この子......)
前から思ってたけどかなり可愛い。
リョスアルヴ特有の灰色の髪は手入れのせいか陽の光を反射し銀色に輝いている。更にボブカットがその魅力を高めていて、珍しいブラウンの瞳も美しい。
そばかすがあるが、それすらもチャームポイントとして機能していて、可愛らしさに一役買っていた。
一言で彼女を表すなら、髪飾りの朱い花のよう......「可憐」と言ったところでしょうか。
(......まあ、それはいいとして)
ホントこんなところで何してたんだろ。この山奥に似つかわしくない薄手のワンピースと素足にサンダル......来たというより迷い込んだ感じか?
(......うーん)
本人に聞くのが一番はやいけど、この状態ならどう質問をしても責められていると思ってまた落ち込み話にならないだろう。
その時、彼女の足元に何かが落ちているのを発見した。確認しようと近づくと、彼女はビクッとして立ち退く。
「あ、ごめん。ここなんか落ちてたから」
「......?」
よくよく見てみる。するとそれが何かの種だということがわかった。何故種がここに?なんの種だこれ?
「......あっ、へ?ああっ!?」
突然声を上げた少女。僕も先程の彼女同様、体がビクッとなる。同様に動揺するってか?ぷぷっ。......ちなみにこういう面白をジヴェルとアスタさんに披露したことがあるけど微妙な反応をされた。面白いと思うんだけどなあ。
って、んなこと考えてる場合じゃない。あの反応からしてこの種は彼女の物だろ。ひょいひょいっと拾いまして。
「はい」
「......!」
「これ、君のなんでしょ?どーぞ」
僕が手を出すと彼女は少し間をおいて、おずおずと手を出した。
「......あ、ありがとう」
「んーん。どーいたしまして!これ、なんの種なの?」
「え、えっと......これは、妖生草エルリステリアという......花の種で」
「
「......し、知ってるんですか」
「ジヴェルが買ってる花で一番好きだよ。花弁が薄いから透き通ってて硝子みたいで綺麗なんだよね」
「そ、そうなんです!葉が青々としていて、すごく神秘的な花で......って、え?ジヴェル様?」
ぱあっと笑顔を見せてくれたかと思うと直ぐに表情が曇ってしまった。
「あ......見覚えがあると思ったら、そっか......ジヴェル様の......すみません、助けていただいて」
ぺこりとお辞儀をする彼女。その手は再び胸の前にあり警戒されていることに気がついた。
「んーん。気にしなくていいよ」
「は、はい、すみません」
うーん、一瞬打ち解けたかと思ったんだけど、ジヴェルの名前を出したのが悪かったな。
その巨大な力故に、ある種の権力者のようになってしまったジヴェル。下手に刺激して機嫌を損ねたら一大事だからな。
町民からすればあまり近づきたくはないという気持ちはわからなくもない。触らぬ神に祟りなしって事だな。
(......母さんあれでいて優しいんだけどなぁ。表情が読みにくいから誤解されるだけで)
「あのさ、ちょっと時間ある?」
「じ、時間ですか......えっと、まあ、はい」
めちゃくちゃ嫌そうだな。まあ良いや。
「ちょっと連れてきたいところあるんだけど。はい」
「......?」
僕は彼女へ手を差し伸べる。すると2、3度手をとろうかやめようか迷い、最終的に僕の手をとってくれた。
「よし。それじゃあ失礼して」
そして僕は素早く彼女をお姫様抱っこし跳躍する。
「!!?」
驚く彼女を他所に空中で停止し、ちょうど良さそうな行き先を見渡し探す。【
この能力は触れる事により発動し、時間を《停止》《進める》《戻す》という三つの力を行使することが出来る。
★《停止》は比較的魔力消費が少なく、止めておける時間にも制限はない。強いて言うなら、魔力が尽きるまでがリミット。フルで発動して30分くらいかな。
★《進める》は停止した物の時間をリアルタイムに戻す。対象物がその時間を経て在る場所へ動かすというか、勝手に動くというか......んー、説明がムズい。魔力消費が大きく、全ての魔力を《進める》に使用した場合一日に使えるのは3回が限界。
★《戻す》は、時間を戻す。これはヤバいくらい魔力を消費する。一度アスタさんの大事にしていた花瓶を割ってしまい、《戻す》を発動し修復したけど、それだけで魔力が底をつき4日間昏睡状態になった。言うまでもなくジヴェルとアスタさんにめちゃくちゃ怒られた。もうやらない。
と、まあ便利な能力ではあるけど、普通の魔力消費もあるので制限的にはもっともっとキツくなる。例えば、自分以外の物体の時間を《停止》させると魔力消費は3倍くらいになり、全力で止めても10分がせいぜい。......いや、けっこう止められるな?
(っと、お?いい感じの場所はっけーん!)
がたがたと震える少女。そりゃそうか、落ちたら死ぬもんな。
「ごめん、今連れてくから......しっかり掴まっててね!」
「へ、え、えっ?」
そうして僕は停止させた空気を蹴りつけ跳んだ。目標である場所めがけて。
少女の悲鳴が青空の山岳にこだました。
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