第9話 幸福の君
「アスタさん行ってきます!」
「はい、いってらっしゃいませシオン様。わかっていると思いますが、町にはおりては駄目ですよ。お気をつけて」
「はーい!」
いつものように裏山に遊びに行く僕をメイドのアスタさんは笑顔で見送る。短めの銀色の髪が揺れる可愛らしい歳の近いお姉さんは、僕が物覚えのない頃からこの屋敷にいて、そのころから変わらない。
「あ、それとジヴェル様がくれぐれも【
「うん!わかってるよ!いってくるねー!」
勢いよく屋敷の扉を閉め走り出す。
(今日の冒険は南西の奥にある洞窟かな。東側の山岳は連日の大雨で泉が氾濫しているだろうし......)
久々の晴れ澄んだ透明な空に心も浮足立つ。雨のせいで外へ出られず、室内学習ばかりだったのもあり、よりいっそう開放感が凄い。
「よっと」
走り出して少しのところにある丘へジャンプ。そこからは町全体が見下ろせる。
(......みんな学校へ登校中だ)
僕は12歳。本当ならああして学校へと行っている年の頃だ。けれど、母であるジヴェルに止められ、学校へは通っていない。それどころか町へ近づく事も禁止されていた。
「危ないから近づくな、か」
うちのお母さんは過保護すぎる気があったりする。アスタさんはそれにより友達が出来ない僕を心配しているのか「ジヴェル様はシオン様の事を溺愛しております故、仕方のないことかと」と気を遣われたけど......でも実は僕の思いとしては逆だった。
僕はむしろそれで良いと思っている。
仲良く笑い合いながら通学路を行く子供達。楽しそうにしている皆だが、僕はそれを魅力的には思えない。
特別友達が欲しいとは思わないし、話し相手はアスタさんがいる。勉強だって彼女が教えてくれるし、なによりもこうして日中に遊ぶことは学校に通っていては出来ない事だ。
だからこれでいい。これから先もずっとこうして裏山で冒険してめいっぱい遊ぶんだ。そうやってずっと一人で幸せな毎日を過ごしていくのが僕の夢。
『――夢?おまえは、そんな幸せな夢を見ていいような奴じゃない』
「!」
後ろに気配を感じ、振り向く。けれど、そこには誰も居なかった。
(......またか)
こうして時々......僕には幻聴がきこえる事がある。
ジヴェルとアスタさんに聞いてみても原因は分からなかった。二人は気にするなっていうけど、こうして頻繁に聴こえる幻聴は僕に何かを訴えているようで、めちゃくちゃ気になってしまう。
(......僕も、なにか大切な事を忘れている気がする)
でも、思い出せない。
(......)
僕は子供達を尻目に山道へと歩みを戻した。その際に屋敷に馬車が止まっていたのを見て、買い付けた食品等が届いたのだと僕は思った。
(......いや、あれは花だな。馬車に花屋の印がある。今夜はご馳走かと思ったけど違ったか......ちぇっ)
ウチはこうして買い付けた物を馬車で運んでもらう。町へ買い物へ行くことは滅多になく、行くとしてもアスタさんが一人で行く。
......でもおかしいな。花屋さんが来るのは、いつももっと早朝のはずだし、馬車から降りてきた人の人数が多い。ってか、その中に憲兵さんもいるな。
ジヴェルの機嫌でも損ねて謝りにでも来たのかなあ?なんてね。まあ、母さんが町民に怒ることなんて滅多にないからな。
けど、貴族が多く存在するこのエルフの町だが、ジヴェルほど影響力のある魔族は存在しない。何故なら、町民の今のこの平和があるのは、他ならないジヴェルの力が大きい。
二百年前、ここ周辺では光のエルフである【リョスアルヴ】と闇のエルフである【デクアルヴ】が激しい領地争いをしていた。
当時、好戦的で攻撃に長けている闇のデクアルヴ、平和を愛し守りに長けている光のリョスアルヴ。圧倒的に数で劣るリョスアルヴに勝ち目は無く、じりじりと追い詰められていく......が、しかし。
(そこに救世主登場)
偶然にここを訪れたジヴェルがリョスアルヴ側につくことによりこうして彼らに平和がもたらされたのだった。
(たった一人で戦力差を消してしまうなんて。流石、冷血の戦姫ジヴェル)
......といっても、まだデクアルヴはリョスアルヴの土地を狙っているみたいだから、これは冷戦状態というやつなのかもしれないけど。
まあ、いずれにせよジヴェルがいる限り攻めてはこられない。なぜなら、母さんはこの世界で五本の指に入るほどの強さを持つ魔族だからだ。
(......そういえば、なんでジヴェルはリョスアルヴ側についたんだろう?)
と、考え事をしながら断崖絶壁を這いつくばりながら渡っていると、微かな声が聞こえた気がした。断崖の下をみるとゴゴゴゴ、と増水した水が川と化し、泉に流れ込んでいる。
(下から聞こえた気がするけど.......こんな荒れた濁流の中に人がいるわけないか。ていうか、ここジヴェルの管理下にある山だし、町民でも勝手に入れないし)
と、よく目を凝らせば......いるではないですか、エルフの少女が。
泉の中央らへん。僅かに残った岩場に乗っているが、今にも濁流に飲まれそうだ。
(なんであんなところに......って、あ。あの子見覚えがあると思ったら、下に来ていた花屋の一人娘だ)
たまに花を配達に来てて、何度か挨拶した少女。同い年くらいかなって思ったのを記憶してる。そうか、多分娘が帰って来ないから探し回っていたのか。
――ズズズ、ドゴッ!!
「!」
大きな音が鳴り、彼女のしがみつく岩がついに撃ち流された。濁流には岩石や土木も混じり流れている。あの中に飲まれれば如何に魔力操作に長けている魔族でも命を失うだろう。
「ま、飲まれればの話だけども、ねっ!」
――僕は断崖を蹴りつけ濁流目掛け跳んだ。
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