第6話 彷徨う男
――ダンジョン、5層。
あれから14時間が経過した。
彼女の遺体を岩山近くへ埋め簡素な墓標を作った。しかし、そこから中々離れることが出来なかった俺はいつの間にか眠りに落ち、気がつけば朝の6時。
日の明かりに照らされた彼女の血がそれが夢では無いことをを示していた。
何も入っていない胃から胃液が出て、吐き気が止まらない。奴らが現れた時の恐怖の記憶と、彼女の死に様が思い出され涙が出る。
このまま俺も死ねば、まだ......彼女の行けるのか。俺は、これ程の強烈な悲しみと苦痛に耐えながらこれから生きていけない。
頭を抱え、血走る眼。動悸がとまらない。しかし、未だ混乱が収まらないこの状況で、ただ一つ明確な思いが心の奥底から湧き出てきた。
(あいつら......が、憎い)
なぜ、浜辺が殺されなければならなかった。
理由はなんだ?確か奴は【魔女の魂】がと言っていた。魂が狙い......。
ふと思い出される昨晩の記憶。漆黒の炎のような【魔女の魂】は今は俺の中に在る。俺は胸に手を当てその存在を感じた。高密度の魔力体。
「......【魔女の魂】」
奴らが求めているのがこれなら、俺を探し回収しにくるはず。だったら、三人は無理でもあの男だけなら......殺せるか?道連れでも良い。何とか奴に一矢報いなければ、浜辺に顔向けができない。
(けど、そもそもどうやって殺す?)
道連れ......俺には武器もなければ攻撃魔法もない。【
(......無理だな)
後ろにいた二人も見た感じかなりの手練だった。特にあの肌黒の男は別格だ......おそらく俺が攻撃範囲に入れば瞬時に殺せるくらいの力がある気がする。
あの男の呼吸を止め窒息死させる前に俺が殺される。
いや、考えるのは後だ。とにかく4層への扉に戻らなければ......ここに居ると魔獣が――
(......魔獣.......?)
そういえば、魔獣に襲われてない。それどころかその姿すら見ていない。どういう事だ......?
縄張りを避けて歩いていたとはいえ、ここらへんは
なのに......あれだけ大量の血が流れたあの場所にすら、他の魔獣も現れなかったのは。
もしかして、【魔女の魂】を恐れてか......?
浜辺を感じる胸の奥。気がついたこの状況に、彼女が護ってくれているような気がした。
(絶対に帰るぞ。帰って奴を......殺す。彼女を殺したこと、後悔させてやる)
一つ一つ歩みを進める。未開の地であるこの森には道はなく、自作の地図とコンパスを使い移動するしかない。何度も来ているこの場所は、俺にとって庭のようなものでいつもなら地図が無くとも迷うことは無かった。
(......あれ)
しかし、ここで問題が発生する。普段ならば冷静に見極められる目印の岩山や大樹、川はまともとは言えない精神状態だからか、
つまり......。
「ここ......どこだ?」
向こうに見える巨大な大樹。あれを目指しながら川沿いに歩く。すると二手に分かれる天然の水路があるので右手の方へ......その突き当りに広い泉があるはず。
けれど、その泉は無く砂漠の広がる見覚えのない場所へたどり着いた。
(砂漠のエリアなんてあったのか......)
ここ、4層にある太陽......アメリカの研究者によるとあれは魔力により太陽光を集約された擬似的な物だといわれている。月もそう。
このあり得ない周期で陽が沈み月が登るのは、それが決して現実世界の物ではないと言うことを示している、らしい。
......けれど、俺は別の可能性を疑っていたりする。
それはこの世界が別の次元に存在する異世界だという可能性。地上ではそれまでありえなかった魔力という物は、このダンジョン奥地にのみ存在していたエネルギーだ。
地球上どこを探してもない。だから、ここは地球ではないのかもしれない。
(......なんて、現実逃避してる場合じゃないよな)
間違いなく遭難した。ダンジョン、しかも4層以降での遭難生還率は限りなく0%だという。けど、まあそれはそうだろう。4層だけでも現時点で確認されているだけで、その広さは日本大陸の面積を余裕で越えているらしい。
陽が沈み始めた。
いくら【魔女の魂】があるとはいえ、魔獣の活発になる夜に行動するのは避けた方がいい。というより更に迷う可能性が高い。
夜を凌ぐ手頃な場所を探し歩きはじめる。
(......そういえば)
ふと思い出される腹の傷。痛みが全く無いのを不思議に思い目をやると、驚くことに傷が綺麗に塞がっていた。それどころか傷跡すらない。
(これ、もしかして【魔女の魂】の力......だったりするのか?)
それに、不思議なことはそれだけじゃない。あれだけ森を彷徨い歩いたというのに疲労感が全く無い。いくら普段からダンジョンで入り浸り遊んでいたからといっても疲れるものは疲れるし、調子に乗りすぎた時は寝込んだりした。
けれど、それの比にならないくらいの探索をした今現在、ぜんぜん疲れていない。あと腹もそれほど減っていない。
(【魔女の魂】から膨大な魔力が供給されている?)
それにより自然治癒力が高まり、体力も増加して疲労も空腹も無いのか?
――翌日。
昨日目指していた大樹が実は幻影だということに気がついた。気候の変化により太陽光が捻じ曲げられ、大樹に満ちている魔力と反応し幻影を作り出していたようだ。
大規模なスコールにより大樹が霧のように霧散した事でわかった。
――あれから、三週間経過した。
完全に道を見失った。砂漠地帯には侵入してはいけないと理解しつつ周囲を探索していたが、不思議なことに気がつくと砂嵐に見舞われ、砂漠のど真ん中にいた。
幻覚かそれとも砂嵐に運ばれたのか。ワケがワカラナイ。
――二ヶ月経過。
大樹すら見えない場所に来てしまった。これはもう帰ることが出来ないのではと思うたびに彼女の死に顔を思い憎しみを力に変える。折れそうな心を支えているのは、皮肉にもその復讐心だけだった。
母も父も無く、あるのは祖父の優しさと......彼女との約束だけだった。だから......生きる意味はもう、この憎しみだけだ。
――五ヶ月が経過。
このエリアの魔力濃度が異様に高い。吐き気が止まらない。目眩も酷い。早くここから離れなければ......いかに【魔女の魂】で体が丈夫になったからとはいえ、これは......さすがにヤバい。
5層にこんな瘴気とも言える濃度のエリアがあったのか。これは人じゃなくても弱い魔獣なら死んでしまうレベルだぞ。
......肺が、破れてるのかと思うくらい胸が痛い。
ダンジョンは下層に行けば行くほど魔力濃度が高くなる。
(......いや、これ......そもそも、ここは)
本当に......5層か?
だ、だめだ......頭が割れそうなくらい、痛い。
ボタボタと垂れ落ちる赤い鼻血。全身に寒気も走り出し、手を見ると指が小刻みに揺れている。
......あれ、これ
おれ、し、死ぬ......?
――ふらつく脚に力が入らず、乾いた大地に膝をついた。その時、強烈な獣臭が鼻をついた。
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