第7話 喰われる
――ドンッ、という途轍もない衝撃。
トラックにでも轢かれたのかと思う程の力が真横から加わり、視界が吹き飛ぶ。ガクン、と首が揺られベキッという音が聞こえた。
中学生の頃に自転車で田んぼへ突っ込んだことを思い出した。ただ、あの時とは違い俺は宙に舞うことは無く、地面に叩きつれられる事もない。
(......お前が、俺の死神か)
なぜか体が動かせず、視線だけで状況を確認する。どうやら俺は噛みつかれたようだった。
白く美しい毛並み。まるで霧のように漂うそれは、恐ろしい程の魔力が流れ時折銀色に輝く。牙は鋭く、深々と俺の体を腕ごと貫いていた。
――
(......こんな化け物がいる、なんて......ここは、一体......何層なんだ)
咥えられた俺の脚がぶらんと力なく揺れる。視界の端に映ったそれはへし折れていて実に痛々しく見えた。そしてそれは、万一この状況を逃れられても走り逃げる事は出来ない事実を突きつけていた。
ゴプッ――パタタッ、ぶふっ。
ドラマでも見たことのないような血液の量。血溜まりになっているそれを見て、俺は気がつく。この咥えた俺の腹部に圧をかけ、おそらくは血抜きをしている。
視界が闇の中に落ち、痛みも遠のく。うるさかった耳鳴りが止み、音すらも消えた。
俺は......ここまで、か。
小さな頃から今まで、自慢のできる事は何一つ無かった俺だが、この運の悪さだけは誰にも負けないんじゃないかと思う。
学生の頃も社会人の頃も、いつも肝心なところで必ず失敗して惨めな思いをした。
そしてやはり人生の最期にも、失敗して何もできずに終わるのか。実に俺らしい。
心残りは無い。特に勿体ない人生でも無かったし。
(......来世に期待かな)
おまえ逃げるのだけは得意だよな、って言われて絶交した友達。あの失望した目が忘れられない。けど、命あっての人生だろ。怖いものは怖いし、死にたくないものは死にたくない。
当たり前だ。死ぬくらいなら逃げる......皆そうだろ。
(......でも、もうその命すら......)
だから、最期は来世に逃げよう。想像しろ......そうだな、今度は裕福な家に生まれたい......貧乏はもう懲り懲りだ。心の荒んだ人間の憂さ晴らしで暴力をふるわれるのはかなり辛かった。それが実の親となれば尚更そうだろう。
(まてまて、だめだだめだ......楽しいことを考えろ。そう、生まれ変わったら)
......また浜辺みたいな奴と会いたい。
会って、また一緒にダンジョンを冒険したい。今度はしっかりと安全対策して......なんなら、俺が君を守れるくらい、鍛えて強くなるよ。
......そんな甘い幸せな来世を思い浮かべると、死への恐怖も和らぐ。睡眠薬代わりだ。
夢を見よう。幸せな、夢を――
『......お母さんのこと、お願い......ね』
虚ろな瞳の彼女が脳裏を過る。
都合の悪いことをすぐ忘れようとする癖に辟易する。
俺は約束したんじゃないのかよ。
......あの時、守るって言ったよな?
幸せな夢、みてる場合か?
(......もう死ぬんだ......まあ、いいか)
体は幻霧狼ミストウルフに噛み砕かれ、死んだも同然だ。もう、俺は死ぬ。それは間違いない......けど、このまま約束も守らず足掻きもしないで、あの世に行ったら笑われる。
『ぷぷぷっ、ホントに逃げるの得意なんですねえ、不知火さん!』
ニヤニヤと笑う彼女を想像し、少し心が軽くなった気がした。
......。
......ふふ、は。
(......ああ、そう......どうせ死ぬなら、だ)
――浜辺、君にもらった力......ここで使うぞ。
体の奥に感じる【魔女の魂】......それを開放し、その全魔力を使い《ギフト》【
対象は自分自身。効果は――
「......肉体よ、戻れ......ッ!!」
肉体の時間逆行。傷を、損壊した肉体、血液......全てを巻き戻す。
俺の《ギフト》【
しかし、それには莫大な魔力を必要とし、許容範囲を越えて発動すればたちまち魔力は枯渇し生命力を削り尽くす。
だが、今は浜辺のくれた【魔女の魂】という無限に湧き出る魔力源がある。これならば、かつてのように爺さんを生き返らそうとして魔力枯渇の果に死にかけるということは無いだろう。
――ズズズ、と肉体の再生が始まった......が、しかし。
(......やっぱりか)
全身から溢れ出した漆黒の魔力。それは触れたものを破壊する魔女の負のエネルギー。
ボンッ!と咥えていた顎が吹き飛び
しかしその魔女の魔力は留まるところを知らない。辺りを侵食し始め、俺の再生した体をも壊し始める。
あちこちから血が噴き出し、腕が崩れ落ちた。取り戻した視界も左目が潰れ、再び闇に落ちようとしている。
「ぐっ、う......が、あッッ!!!」
制御できない巨大な力。【魔女の魂】を扱うのは容易な事ではない。そう簡単に使えるものなら、浜辺がとうに使いこなしていただろう。
(......はま、べ......)
だが、俺は諦めるわけには行かない。体が全て崩れ去り、跡形も無くなるまで足掻く。彼女との約束と、復讐を果たすために......苦しくても、辛くても、最期の最期まで。
惨めでもいい。
――俺はもう、逃げたくない。
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