第4話 笑顔



――そして、現在。




「――殺されたくなかったら、殺し合え」


大峰のその言葉を聞いた直後、俺は地面の土を蹴り上げた。ぶわっ、と黄土色の煙が中に舞う。


「あ!?」「逃げるつもりか!?」「チッ」


ここの地表は一見、岩山の様に見え硬そうだが表面は日光を浴びると分解され始め、こうして砂のような細やかになる。質量が殆どなく、煙幕としてはうってつけだ。


もくもくとあたりに煙が舞っている隙に俺は浜辺の手を取る。


「行くぞ!」「......は、はいっ!」


一目散に森の中へ。赤い陽も落ちきり、暗闇の広がる木々の奥深く。彼女の手を離さないよう、強く握る。アドレナリンが出ているせいか斬られた腹の傷の痛みも無く、普通に走ることが出来ている。


(ここから先は、闇に飲まれた森の中......!)


魔獣は怖い、今の状況で出会ってしまえばその時点でおそらくアウト。だがあのまま奴らといれば殺される可能性のほうが高い。


ズパアンッッ!!


大きな突風と共に行手にある木が吹き飛ぶ。大峰の《ギフト》【空刃魔法】により斬り倒された事は瞬時に理解できた。後からの攻撃はいつ俺たちに当たるかわからない.......だが、振り返る余裕はない。


今はただ当たらないことを祈り、森の奥へ逃げるだけ。


(僅かでも、生き残れる可能性が高い方へ......!!)


走り出して3分くらいが立った頃、浜辺が膝をつき動けなくなった。俺は周囲を確認し、魔獣の気配が無いことに安堵する。


「浜辺、あそこ......あの岩山の陰まで歩こう」


「は、はい......すみません」


ぜえぜえ、と呼吸をする彼女。しかし不思議だ。奴らの追ってきている気配が無い。いくら耳を澄ませても、草木を掻き分け進む音は聞こえてこない。


(もしかして諦めたか......?)


いや、違う。4層へ戻るにはあの扉を潜らねばならない。だから待ち伏せしているのか?待っていればどうせ俺と彼女が戻ってくると考えて。


(持久戦......どうにか奴らの目をかいくぐり地上に出なければ)


「あ、あの」


「!、悪い......走るペース早かったか」


見れば体全体で呼吸をしている。こちらも必死で走っていたから無理させていることに気が付かなかった。


「......いえ、あやまるのは、私のほう、で」


謝られること?特に何も思い当たらないけが......。と、不思議に思う。「私とダンジョンに潜らなければこんなことにならなかった」とか、そう言う話か?


「君のせいじゃない」


「......ごめんなさい」


再び謝る彼女。その言葉が何をさしているかは岩山の裏に隠れ、地べたに座ろうとしたときにわかった。彼女は岩壁に背を預け、空を見上げる。


その横顔が、いつしか夜となった空に散りばめられた、満天の星々に照らされ美しく輝いている。こんなに綺麗な人がいるのかと、見惚れそうになりながらも俺はその異変に気がついた。


彼女の足元に溜まる血溜まり。


「......え」


ズルリと崩れ落ちる浜辺は、もう動けないようだった。おそらくは多量の失血。そして、背に刻まれた大きな......切り傷というよりは、抉り取られたような傷は背骨が見える程のモノだった。



(嘘だ......嘘だ、嘘だ)



「......あ、はは、は......さ、さいご、の......当たっちゃったみたいで......」


「喋るな!!」


......いや、いやいやいや、喋らなければ助かるのか?ここ、ダンジョン5層だぞ。地上にでるまでに数時間かかるのに......しかもこの浜辺の傷は、絶対に......どうする、どうする!?


「......ごめんなさい、ほんとに......私から誘ったのに......」



「君は、悪くない......頼む、頼むから」



「......でも、さ......逃げるの得意だから、不知火さんは.......逃げられる、よね......」




「.......」




こ、言葉が出ない。




浜辺の瞳が暗くなっていく。目の焦点が合ってない......触れている手の熱が抜け落ち、呼吸も浅くなる。




「......あ、あれ......しら、ぬ、さん」


「いる、ここに!」




もう目も耳も聞こえないようで、彼女は浅く息を吐いた。直感した。「ああ、この子死んでしまうんだ。好きだったのになあ」と、まるで映画を観ているような現実逃避を脳内でし始める自分に怒りが湧く。




「......こ、これ.......」




消え入るような浜辺の声。僅かに上がった彼女の手に、俺は触れた。すると――




ボウッと黒い炎のようなモノが現れた。それに触れた瞬間、理解する。




(高密度の魔力の塊......これは【魔女の魂】......)



俺の手から腕へと燃え上がるようにして中に入ってくる。その瞬間、俺は思い出す。【魔力の魂】が死者から生者へ移るという話を。


(い、いやだ、いくな!!これから、俺は、君と......!!)


俺は必死の思いで【時間操作クロノトリック】を唱える。――3秒。その刹那の時間、彼女の命が繋がれる。



その数秒、彼女が最期の言葉を俺に伝えた。



「......お母さんのこと、お願い......ね、相棒......かのひと、寂しがりだからさぁ」



想いが溢れる。その悲しみは計り知れないが、俺も彼女と同じ顔をしているのだろう。




拭っても、拭っても......溢れ出るばかり。



なんの役にも立たない涙。泣くことしか出来ない自分に苛立ち、歯を食いしばる。


おそらく、もう彼女には俺の声は届かないのだろう。けれど、俺は絞り出すように......約束を結ぶ。


「......任せろ」


驚くほどすんなりと、けれど確かな覚悟と共に出た言葉。その言葉は決して彼女へ届かない。けれど――


「......」


まるで俺の返事が聞こえたかのように、浜辺真七は笑顔のままその生涯を終えた。





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